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Fifth memory (Philia) 13

「……」
「どうだ? アイン。これでもまだ君は僕を子供扱いするかい?」

 正直、まぐれだと言われても言い返せないくらいのわずかな成果。

 でも、この時の僕にはそれが精一杯だった。

 アインは、ゆっくりと顔をあげ、僕の方をまっすぐ向いた。

「……そうね。認めざるを得ないわ。フィリア、おめでとう! あたしが教えられることはここまでかもね」
「えっ!?」
「あなたは、一人前、ということよ」

 アインは、そう言って嬉しそうに僕に笑顔を向けていた。

 それを聞いた途端、全身の力が抜け、その場に倒れこみ動けなくなった。

 体が疲労でまったく動かなくなる経験をしたのはこの時が初めてだった。

 アインは、そんな僕を見て愉快そうに笑っていた。

 僕が正式な団員として、自警団に入団したのは、その出来事からしばらく後だった。

 最初のようなまぐれ当たりではなく、狙いすまして、最初と同じ髪飾り。それから、肩、胴、足と部位は違っても確実にアインの動きを捉えられるようになっていった。

 正式な入団が決まったのは、学院に居続けていたならそろそろ卒業という時期。
 昏陽雪(こんようせつ)が稀に降る事がある季節だった。

「えっ!? 今、なんて……」
「だーからーもう、あたしとの疑似恋人契約は解消!! フィリアは、晴れて自由になったというわけ~」

 いつものように訓練が終わり、コーヒーを二人で飲んでいた時にアインが唐突にそんなことを言い出した。

「どうしたのさアイン!? いきなりそんなこと言いだーー」
「ねぇ……本当にあたしに隠し切れてると思ってる? フィリア」
「なっ……それは……!?」
「気になる人、いるでしょ?」
「……」

 アインには、隠し事は出来ないのだと改めて思った。

 最近、ふと頭をよぎることがある、学院を辞める前の最後の登校日……。

 ヒナタに言われたあの言葉が……。
『私、フィリアのことが好き。強いところも弱いところも全部、全部含めて、あなたが好き』

「……やっぱりね~あ~あ、まーた振られちゃった」
「また?」
「そう、あたしが本気で好きになって振られたのは、あなたで三人目」

 そう言って、アインがスプーンで何も入っていないコーヒーをかき混ぜる。

「三人?」
「最初は、あなたのお父さん。まだ右も左も知らなかったあたしたちに自警団として生きていく術を教えてくれた人……あたしの、初恋の人よ。まぁ、あたしじゃ逆立ちしても敵わないメノウさんって人が既にいたんだけどね……」

 知らなかった。アインは父さんを……そんな風に……。

「次はナール、そうあなたのお兄さんよ」
「えっ!? 兄さん!!」
「そっ、自分の気持ちに気づいたときには既にアカネさんってこれまた強力なライバルがいたのよね。悔しかったなぁ……一緒にいた時間はあたしのが先だったのに……」

 兄さんのことも…… えっ!? 

「ちょっと待ってアイン!! その流れからすると……君は疑似的じゃなく本気だったのかい!?」

 僕のその発言を聞いて、アインが大きく一つため息をついた。

「……はぁ……その鈍さ……家系なのかしらね……」
「ごっ、ゴメン、アイン! 君の気持ちを知らなかったとはいえ僕は君に不誠実なtーー」

 アインは、そんな僕の謝罪の言葉を遮るように、唇にそっとキスをした。

「それ以上の言葉は野暮よ……それとも、フィリアはあたしをこれ以上、惨めにしたいの?」
「ごめーー」
「だーから謝らないで」
「……分かった」
「そう、それでいいの。でもね、あたしだってフィリアより良い人きっと見つけるんだからね。そして後悔させてあげるわ~。こ~んないい女を手放したんだって、ね」

 そう言ってアインが悪戯っぽく笑う。その笑顔がどこかいつもより寂しく見えたけどあえてそれは飲み込み。笑顔を浮かべる。

「……ありがとう。アイン」

「うん! 良い笑顔ね! それで良いのよ! あっ、でもこの関係は終わらせても引き続き補佐の仕事は続けてもらうからね」
「あぁ、もちろんさ!!」

 アインの団へと入団して、しばらく経ったある日、報告も兼ねて僕はツヴァイの下を訪れていた。

「おー! フィリア!! どうしたんだ? 俺と、模擬戦しに来たのか?」
「いや、それは遠慮しておくよ。ツヴァイ。今日は正式に自警団に入団したことを報告しに来たんだ」
「なんだ、それならもう知ってるぜ! なんたって俺も団長だからな」
「えっ!? でも、僕は君の団の団員じゃないよ」
「そんなこと関係あるかよ! 自警団はみんな家族みたいなもんだ!! 家族のことは覚える当たり前のことだろ!!」

 ツヴァイがニカっと笑う。綺麗ごとじゃなくて本当に全員の顔を覚えているからこそ言えるのだろうなとその時、思った。

「すごいな……ツヴァイは?」
「すごいのか? あーでも、たまに間違えて、ドライやアインに突っ込まれたりもするかなぁ」
「そう、なんだね……何か覚えるコツとかあるの?」
「筋肉の付き方を見りゃだいたいわかる!!」

 ……多分、これも本音なのだろうと苦笑いを浮かべるしかなかった。
 
「というわけで、お前の筋肉をしっかりと刻むために模擬戦をーー」
「しないよ」

 その誘いにだけはハッキリと断りの意思を示す。曖昧な返事は結果的に模擬戦に付き合わされる羽目になる。なんでもハッキリ意思表示するのがツヴァイと上手く付き合うためのコツだとアインが零していた。

「そうか……残念だな。でももし、また、模擬戦がしたくなったらいつでも声をかけてくれよな!!」
「そう、だね。機会があったらぜ……ひ?」

 そう言ってツヴァイが暑苦しいくらいの満面の笑みを浮かべる。その圧の強さに兄さんやアインが苦労していた理由がわかった気がした。

 ツヴァイから目を逸らした先、ふと僕は何故か一人の団員が目に止まった。
 白銀の髪、小柄で細身な身体、一目には自警団の団員とは思えないその風貌。

「……ツヴァイ 彼は?」
「あー、あいつは……確か……そうだ! ソフィだ! あいつは、そのぉ……なんだ悪い奴じゃないんだが……こう、筋肉が足りないんだよ!!」

 確かに他の団員と比べて華奢ではあるが、訓練を誰より真面目にしているように僕は見えた。これも、自分が同じようにこれまで真面目に過ごしてきたから気付けたようなものかもしれない。

 生まれ持って自分にあるものを悲観しているような素振りは見せず、ただ一心不乱に訓練に取り組む彼に僕はいつの間にか目線を奪われていた。

「……彼の成績は? ツヴァイの団には珍しいタイプに見えるけど」
「んっ? ソフィは確か自分からうちに志願してきた気がするな。体の弱ぇ親父さんの代わりに自警団の正式団員になりたいってのが入団理由だったかな?」
「そう、か……」
「なんだ? 気になるのか? 言っておくがあいつは女みたいな身なりだがおとーー」
「彼は、立派な男だよ……」

 そう、ここにいる団員候補生の誰よりもしっかりとした信念を持ち、強靭な心を持っているそんな気がした。

「彼の瞳には強さが宿っている。きっと、いつか誰よりも強くなる……」
「それは、お前よりもか?」
「あぁ……可能性はありそうだ」
「俺よりもか!!」
「……それはわからない、かな」
「なにー!! よーしソフィ!! 俺と模擬戦だー!!」
「えー!! 隊長なっ、なんでですかー!?」
「俺はお前よりも強―い!!」
「意味がわかりませーん!!」
 
 すまない……少年……ソフィ、か。覚えておこう。

 将来、僕の最も信頼する人物になるとは、この時は思いもしていなかった……。
 
 アインの団で活動する傍ら、天蓋について調べる時間は日に日に増えていく。

 天蓋を、自警団が守っている……と、いう建前は随分と昔のことのようで……今は、そうした形だけの部分をアインの団が担っているらしい。

 当たり前だ。何のためにあるのかも曖昧な天蓋と言う場所に、見ず知らずの女の子が選人となり、その最も奥にある場所へ幽閉されている。

 ましてそれが本当に意味のある事かどうか本当の所は誰にもわからない。

 そのような場所を守る。と言われても、真剣に取り組む者がそう多くいるわけがない。

 でも、僕は違う……僕が天蓋を、ヤチヨが居るあの場所を守る。

 その意志だけが、この時の僕を突き動かしていた。


続く


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