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78 アダマイト流の師弟

 それからほどなく学園内を二分して行われる模擬戦であるギヴング、東部学園都市コスモシュトリカと学園同士の模擬戦であるイウェストの両方のその年の開催の中止が生徒達に知らされた。

 双校制度が生まれてからの学園の歴史上、初めての中止ということもあり、様々な憶測は飛び交っていた。

 しかし、西部のリオルグ事変の事もあり、何が起きるか分からない現状での最善策を国が取っている事だけはどの生徒の目にも明らかだった。

 学園側に開催主導権がない模擬戦闘の類のイベントに関しての決定は従う他ない。とはいえ学園内の誰もがその発表に胸を撫で下ろしていたことは否めない。

 あれだけの事件の直後にギブングをこなした上で、イウェストを行うなどとても肉体も精神も耐えられそうになかったからだ。

 加えてまたリオルグ事変と同じような事が起きるのではないかという不安。これらはそうそう払しょくできるものではない。

 多くの者が戦闘するという事、戦場の理不尽な怖さを思い知った。もしこれが同じ人間相手であれば、理性も働く。無条件に最後の一線を踏む越えようとするものはほとんどいない。

 そして、万が一の時は誰かが助けてくれる。という安心感がどこかにあったのも事実だろう。

 そうして長い時間をかけて緩やかに浸透していた慢心は気が付かないうちにこの平和な世界においては当たり前のように生徒達の心に広がっているものであったのだ。

 今回の事態で少なくとも西部の生徒達のそうした甘えは完全に消え去っていた。授業を受ける姿勢などに始まり、明らかに学園内の空気に変化をもたらす事に繋がっていた。

 怪我の功名ともいうべき形で学園内の雰囲気は大きく理想的な緊張感の漂う場所へと少しずつ変わっていく。

 変化の中でも顕著だったのは西部学園都市の中でも東部学園都市のようにグループを組みだす者達が現れていた。

 これまで一対一の決闘だったものは残っているものの、主流は集団の決闘へと形を変えていったのもこの頃からだった。

 西部学園都市ディナカメオスはリオルグ事変により大きく姿を変え始めていたのだった。



 大きな身体が宙を舞って地へと落ちる。

「く、、、そ」

 剣を使った途端、全く歯が立たなくなった親友の凄さを思い知る。
 斧や格闘のスタイルでは五分であったはずだが、それもどうやらドラゴ自身の勘違いであったことに気付き奥歯を強く噛みしめる。

「ドラゴ、大丈夫かい?」

 土を小さく踏み鳴らしてゼフィンが近づく、軽く息が上がっているものの相手はほとんど無傷。
 リオルグ事変での活躍もあり、ゼフィンの名は確実に学園内で知られてきている。
 置いて行かれる訳にはいかないと身体を起こして立ち上がる。直前の一撃が聞いているのかまだ足元がふらついている。

「はぁはぁ、大丈夫だゼフィン。もう一度だ」
 
 目の前で肩を大きく上下させて呼吸をするドラゴにゼフィンはため息をついた。
 
「……ドラゴ、一旦休もう。これ以上大きな怪我でもしてしまえば、長期に渡って訓練が出来なくなるよ」

 いつものゼフィンの優しさが今のドラゴには痛かった。プーラートン・エニュラウスという人物を目の当たりにして、強さの高みを知り焦る気持ちばかりが先行している。
 だが、目の前の親友はその頂へと至る為のレールの上に既に乗っているようにさえ感じられる。

 これほどまでに力の差が開いていたことを認められない自分がこれまでなら存在したはずだった。でも、今の自分を認めなくては前に進めない事も今のドラゴは気付いている。

「それは、俺がお前に大けがを負わされるってことか?」

 ゼフィンは迷わず首を縦に振る。だが、それでよかった。ここで変に慰めるような奴だったらきっとゼフィンの事をドラゴは信頼していなかっただろう。

「ああ、慣れてないない剣での戦いで、君が僕に勝てるわけないからね」

 ドラゴもそう答えられることが分かっていたかのように緊張感を解いた。こういうところもゼフィンには敵わない。
 結局その言葉で脱力したドラゴは空を仰いで倒れ込んだ。
 こうやってゼフィンとの訓練で空を仰いだのは久しぶりだった。そして、気付いてしまう。
 
「随分とハッキリ言いやがる。お前、これまでにも何度も手を抜いてやがったろ」
「ああ、単調な君の戦い方に慣れてしまってからはね。それとも……君ならすぐにその剣でも戦えるようになる。とでも今は言えばいいかい?」
「ああ、いや、それはやめてくれ。わかった。休もう」
「ほら、飲みなよ」

 放り渡された容器に入っている水をがぶ飲みするドラゴを見つめてゼフィンは質問した。近頃のドラゴの様子がおかしかったからだ。
 まるでゼフィンと競い合っていた頃が嘘のように、ゼフィンの事を今のドラゴは見ていない。

「ねぇ、何かあったのかい? 最近の君はどこかおかしいよ」
「リオルグ事変の時にな。思い知ったんだ。俺はまだまだよええってことを」
「あの時から……なるほど」
「あんなに……」

 ドラゴは思い出して武者震いした。今でもその空気を忘れていない。脳裏に焼き付くその動きを自分の感覚が追えていない。

「あんなに?」
「あんなに高いなんて、思わなかったんだよ。クソったれ」

 ドラゴは悔しそうに、でも、無邪気に何か宝物を見つけた子供のような表情を滲ませた。

「……」
「プーラートン先生の剣技を間近で見た。何だよありゃ。人間にあんな戦い方が出来るなんて今でも信じられねぇ」
「それで、剣を?」
「ああ? いや、それだけじゃねぇ。あの怪物達が次に出てきたときにもう、役に立てねぇのはごめんだからよ」

 傍らの岩に腰掛けているゼフィンは懐かしそうに空を眺めて呟いた。

「昔と違って僕だけに闘志を向けていた頃とは違うんだね」
「ふん、それでも目標は変わらねぇよ」

 ドラゴはゼフィンの横顔を覗き見て悟る。
 自分がこんな表情をさせている。
 本当はもっと全力で上を目指して俺と全力でやりあいたいはずなのに、自分が弱すぎるせいでゼフィンの成長のチャンスも奪ってしまっている。
 そんな可能性に。

「ああ、九剣騎士(シュバルトナイン)にどちらが早くなれるか、だね」
「ああ、ま、お前には絶対負けねけどよ。実際その位置にいるだろうやつらの高さを知っちまったからか、収まらねぇんだ」
「昂ってしまったということかい?」
「ああ、胸が熱く滾って、毎日落ち着かねぇんだ」
「ふ、君らしいね。けど、今のままじゃダメだ」

 ゼフィンは神妙な表情をドラゴに向けて真っすぐに言い放った。まるでそれが自分の役目であるかのように。

「だろうな」
「君は脳裏に焼き付いたその動きを追いかけているんだろう? 僕もおそらくその道を今は進んでいるからはっきり言える。君にその戦い方は出来ないよ」
「……わかっちゃいるんだけどよ。なかなか認められぇつうかよ。先生にも言われたよ、この流派はお前に向いてねぇってな。割り切るってのは難しいもんだ。折角、こうして憧れたその姿を追う事すら自分が出来ないってのはよ」
「君がそう言うなら余程だったんだろうね。僕も見てみたかった。プーラートン先生の戦いを」
「俺が先生を越えれば見れるだろうがよ。だから今は収まるまで、とりあえず動き続けてぇんだ。ゼフィン」
「……やれやれ、仕方ないね。けど、僕ももう手は抜けないからケガしても恨まないでくれよ」

 そういってゼフィンはドラゴの手を取り立ち上がらせる。

「いつの間にか大分、差を付けられちまったな」
「そう? まぁ僕にはこの戦い方しかないから。身体も大きくはないし、力も君より弱い、でも僕もまだ上を目指すつもりだよ」
「へっ、お前が前に居続けてくれりゃ俺も走れるってもんだぜ。よし、休憩は終わりだ。頼むぜゼフィン」

そうして二人が訓練を再開しようとした時に声がかかった。その姿はしばらく学園で見かけなかったマキシマムだった。
 自分に剣を教えてくれるといった傍からどこかに行ってしまった彼はなぜか全身ボロボロのままだった。

「おい!ドラゴ! お、ゼフィンも一緒だったか」
「え? マキシマム先生?」
「どうしたんですか? その姿は?」

 ゼフィンが問うと初めて自分の全身を見回したのか大きく笑っている。

「はっはっは。いや、待たせた。昔の勘を取り戻すのに随分と時間がかかってしまってな」

 そういうとマキシマムは背中にしょっていた大きな剣を取り出して構えてみせる。

「おおお、先生!! それじゃ」

 子供のような笑顔のドラゴにマキシマムはニカっと笑みを浮かべる。

「ああ、稽古をつけ始めてやろう」
「いよっしゃあああああ!!!!」

 喜ぶドラゴの隣でゼフィンは今のマキシマムの構えに鳥肌が立っていた。自然とこちらも構えなくてはいけないような錯覚に陥っていた。
 ドラゴから話だけは聞いていた。アダマイト流。勿論、名前しか知らない。

 天性の才能でここまで成長してきたゼフィン自身は基本はスライズ流の剣。
 スライズ流といえば聞こえはいいが、要は我流の者達の総称である。
 プーラートンもかつて通った流派だが、その実、ただの野良剣術であるため、全体的に質は高くない。
 テラフォール流とかつては国を二分する流派だという事も言われていたがその実力、質の差は大きい。

 ゼフィンは自身の才能に気付いた父が幼い頃より訓練をしてくれていた。平凡な才能の父だった。だからこそ幼い息子に剣の才能がある事を大いに喜んだ。
 ただ、父は普通の平凡ではなかった。特筆すべき能力は確かにない男。

 だが、剣、槍、斧、槍斧、弓、格闘に至るまでのあらゆる武器の全てを平均的に扱えた父はゼフィンに剣による全種武器への対応を自分の知る全てで叩き込んだ。

だが、それゆえにゼフィンは対個人への戦いに特化しすぎていた。リオルグ事変での乱戦で思うように戦えず、同じ戦場の者達を多く危険に晒してしまった。自身の力不足を感じたのはドラゴだけではなかったのだ。
 自分ももっと強くあらねばならない。彼の胸にもドラゴと同じ灯が宿っていた。

「……マキシマム先生」
「ゼフィン? どうした」
「その、僕にも、アダマイト流を教えていただけないでしょうか?」
「お前も?」
「ドラゴから聞いています。アダマイト流のこと」
「そうか、しかしな、お前は確かスライズ流だろう? 変な型がついては支障が出るのではないか?」
「……それは百も承知です。それに、このままでは僕はこれ以上に強くなれないという事も先生なら気付いているんじゃないでしょうか?」
「……ゼフィン」
「リオルグ事変では学園で出来た数名の友人に大けがをさせてしまいました。僕がもっと強ければ防げた。もっと強く。ならなきゃ」

 ゼフィンの視線を真っすぐに受け止めてマキシマムは頷いた。

「分かった。だがお前は線が細すぎる。アダマイト流は膂力(りょりょく)で以て敵を粉砕するように戦う剣技。今のお前の強みであるスピードを失う事になってでも筋力的なトレーニングは必須になるぞ。それでもいいのか?」

 そう、相手を翻弄して急所を突いて削り倒すような戦い方をするゼフィンのスタイルとは大きく異なる。下手をすればその強みすら消してしまう。
 それこそ、平凡な騎士である父のように何でも出来るが何者にもなれない騎士になる未来にも繋がりかねない。

 ゼフィン自身はそれも分かっていた。でも、ドラゴが走る以上、自分も今のままではいけないと感じている。
 自分が前を走れば必ずドラゴは追ってくる。追いかけられるから自分もこれまで以上に必死に走ることが出来る。
 そんな関係が彼と結ばれている事をゼフィン自身が一番よく理解していた。

「……どちらの強みも、僕は手に入れて昇華させて見せます」
「ほう、その意気や良し!! 身体はともかく気持ちの面ではアダマイト流に向いてはおるようだな! では今からゆくぞ。時間が惜しい。まずは徹底的に身体を作る所からだ」

「「はい!!」」

ドラゴとゼフィンはこうしてマキシマムと師弟としての学園生活が始まっていく事になったのだった。


続く


作 新野創
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