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61 異形の凶刃

「まったく、情けない。一般の生徒にこうも完膚なきまでにやられているとはな、まぁいい。時間稼ぎという点では十分に達している。及第点だ。褒美をやらんとな」

 リオルグはそういうとダリス班の面々に向けてニヤリと笑みを浮かべた後プーラートンへと視線を移す。

「随分と戦いが盛り上がっているじゃありませんか? ここで止めては、もったいないでしょう? 彼らもまだ戦い足りないようですよ」

 その言葉にプラ―トンが激昂し、リオルグに詰め寄る。この場に監視役であるはずの他の教師がいる事などおかしなことだった。

「貴様! 持ち場はどうした!!」

「私の仕事ならもう終わりましたよ? プーラートン先生。あとは生き残れるくらい力のある生徒達であればさしたる問題はないと思いますよ」

「一体何をしたリオルグ!!」

 この短時間で班戦闘の全てが終わるわけがなかった。目の前の戦いですらまだ一戦目だ。確かに想定していた戦いよりもわずかに長引いているのは確かだが、それでもこの時間でというのは異常であった。

「リオルグ貴様、一体、管理下の生徒達に何をした」

 プーラートンの視線とリオルグの視線が交差する。

「ただ、試練を課しただけのこと。強ければ生き残れる。ここまでくればもう隠す必要もないが、質の高い贄を捧げ、神剣レグニイェンフェルを手に入れる為にこうして純度を高めるためのふるいが必要になっているのですよ」

 突拍子もないその単語に思わずプーラートンは破顔してしまう。

「カハハハ。何を言うかと思えば神剣じゃと? おとぎ話を信じるような年齢はとうに過ぎたろうて、そんなものが存在するわけがなかろう」

「おやおや、年を取ると夢も浪漫もなくなってしまわれるようですね。それにこれは既に現実に起きている事です。現実を見るのは寧ろそちらのほうかと」

 そういうとリオルグは懐から拳大ほどの石を取り出して空へと掲げてみせた。鈍く怪しげな光を放っている。
 その禍々しい光景に戦闘中のヒボン班、ダリス班の者達だけでなく、周囲の生徒達もその異変に気付く。

 プーラートンはその石を見て直感的に悟る。目の前の男はリオルグではあるがリオルグでは既にないのではないかと。
 そんな空気を醸し始めたことを肌が感じ取る。これはもはや理屈ではない何か。長年の勘により反射に近い呼吸で臨戦態勢になったプーラートンがこの場の生徒達へ叫ぶ。

「全員、すぐにこの場から離れなっ!!!」

「もう、遅い」

 リオルグが右手に掲げた禍々しい石が鈍い光を更に大きく放ち輝き出す。周りの生徒はその空気に息が詰まりゆくのを感じていた。

「さて、片付けの時間だ。生徒諸君に本当の戦いっていうものを先生が身をもって人生の最後に、教えてやらなくてはな」

 リオルグの蒼白な顔が下卑た表情を浮かべ、ニタリとこの場に居る生徒達へ殺意が向けられる。

「リオルグ!!」

「この世界に、神話を取り戻す。その為の贄となれることを光栄に思うといい!!」

 掲げた石を自らの眼前へと降ろし、狂気の目で見つめるリオルグは最早、正気とは思えなかった。

「狂っておる。気が触れたかリオルグ!!」

「新しい時代の始まり、いや違うな、本来の世界への回帰というべきだろうか」
 そういうとリオルグは掲げたその石を口に放り込みゴクリと呑み込んだ。

 次の瞬間、この場の全員に怖気が走る。感覚的に、本能的に忌避する類の空気がその場に流れ、拡がっていく。
 ぼこぼことリオルグの身体の箇所が波打つように異常な変化を伴い、人間としての身体は瞬く間に消え去り、異形の姿へと変わっていく。

「はっ!? 俺は、一体?」

 先ほどリリアを助けに入った時から意識が朦朧としていたウェルジアは意識を取り戻す。残像のような動きをした際に自らの思考が霧散していたような感覚で思考に霞がかかる。

「ウェルジア君!!」

 リリアの声に頭をブンブンと振り返事をする。ウェルジアは今の状況もまだ把握ができていない。

「……何があった? ち、頭がかすむ……ん?」

 周りの異様な光景と逃げ惑う生徒達の叫びが耳に入り、ウェルジアは視線を上げる。
 生徒達が蜘蛛の子を散らすように逃げる中心から異様な空気を感じて身構えて再び剣を持つ手に力を込めた。

「なんだあれは!? 俺が意識を失っている間に何があった」

「わからない。リオルグ先生が何か石のような物を呑み込んで、それで」

 その時、逃げ惑う生徒達の一角から大きな声がつんざくように上がり始める。

「ダメだ!! ここから先に行けない。見えない壁みたいなのがある!?」

 別の方向に逃げた生徒達からも大きな悲鳴が上がっていく。

「こっちもダメ、これ以上先に進めない!!」

 パニックになっている生徒達は更に逃げようと東西南北へと散り散りに逃げたが、ある一定の距離から先は見えない壁に阻まれて進むことが出来ないでいた。
 その壁は生徒達のいるこの場を取り囲むように展開していた。目には見えないがどうやら、プーラートンの管理下の生徒達はこの場所に閉じ込められ、逃げることが出来ない。

 そんな生徒達へ向けてリオルグの声、元の声を失ったように掠れて、ざらついて聞き心地の悪い声が響いて届く。

「騎士を目指す者達と言っても今はこの程度の事で取り乱すのだから滑稽だな。こんなことで国を守れるわけがない」

 リオルグは変容していく身体でどこから発音しているのか徐々に分からなくなっていく。わずかに顔であったであろう箇所がぐにゃりと歪む。

「さて!! 生徒諸君にチャンスタイムだ!! まだこの体は完全に馴染んでいない。私を殺すならば、今がチャンスだぞ」

 何が起きているのか誰もが整理できないでいた。だがその瞬間――

――リオルグの目の前に人影が躍り出る。

「おや、これはこれはプーラートン先生、何用でしょうか?」

「冗談はそこまでにしな。リオルグ。その姿はなんだい」

「あれ、ご存じないんですか? まぁそうでしょうね。剣に全てを捧げて生きてきた貴女にこの手の知識があるとは思えませんからね」


 リオルグを目視できるほどの距離でヒボンに抑え込まれていたリアーナが視界に入ったソレをみて疑問を持ちながらもある言葉を口に出す。

「……あの異形なる姿、まさか、幾多の本で形容されている姿に酷似している、、、ゴジェヌス、、、なのか? いや、そんなバカな事が」

 ヒボンは状況から今の戦闘を続けている場合ではないと判断してリアーナの拘束を解いて彼女に問う。

「ゴジェヌスって、色んな神話に度々登場する。あれかい?」

「そうさ、神々の眷属。異形の動物のような姿形をしているあれだ。ただ、人型のゴジェヌスなどこれまでの本で記述されていた事はないはずなんだ。しかし、あの異形なる出で立ちは本に描かれている特徴との合致が多い。先生……一体どうして」

 リオルグは周囲を睥睨した後に、ゆっくりと笑みをたたえる。

「さて、この場に居る全員、ここで消えてもらう事になる。これから訪れる世界への贄となれることを光栄に思うといい」

 リオルグのここまでの言葉を聞いて跪いていたままリンが呟いた。

「はは、先生のあの口ぶりだとアタイ達の役割はここまで。他のやつらと一緒にここでおさらばだってことか?」

 リンはゆっくりよろよろと立ち上がる。ネルは微動だにせずリオルグの様子を観察していた。
 少しずつ膨れ上がる嫌な気配を断ち切るには一秒でも早いほうがいいという直勘が脳裏をよぎっていく。

「……今なら、やれるっ」

 ネルは即座に思考、判断と共に地を蹴り出した。
 一足飛びに対峙するリオルグとプーラートン二人の上空を通過するほどの跳躍力でリオルグの背後に着地して急所を狙って腕を振り抜いた。
 短刀が躊躇なくリオルグへと投げつけられる。

 風を切るように鳴る音、真っすぐ飛ばされたそれは見事にリオルグの後頭部へとサシュッと勢いよく突き刺さる。

「……ほぅ、教師相手になかなか思い切りのいい生徒がいたものだな。人を殺し慣れている? なかなかどうして、素晴らしい胆力だ」

「……そんな、即死級の急所に命中したはず」

 ネルはリオルグの反応に驚愕して目を見開く。

「普通の人間ならば終わっていただろう、実に見事だ」

 リオルグはネルを見つめて手のような、触手とも呼べるような部分をドチュッ、グチュッ、と叩いた。まさか拍手でもしているつもりなのだろうか。見ている者達の背筋を怖気が走っていく。

「リオルグ、あんた、悪魔にでも魂を売ったのかい!?」

「悪魔? いいえ、これは神の力です。プーラートン先生」

「はん、神の力だって!? ふざけるのも大概にしな。そんな禍々しい姿が神の力な訳ないだろう」

「ふざけてなどいませんとも、再び神話の世界を取り戻すために与えられし力なのですよ。これは」

「神話の世界を、取り戻す?」

「おっとこれ以上お喋りするのはよくないな、思考が口から出すぎてしまう。この姿は理性を欠如するようだ」

 その瞬間、リオルグの威圧感が膨れ上がる。周囲にとてつもない圧迫感を生み出し、生徒達はその圧に立つだけすらままならないものも多く、膝を折る者や失神して倒れ込む者まで現れ出した。

「最初は私に一撃を見舞うという勇気を見せた君からだ。プーラートンよりも先に君を葬ってやろう」

「ッいかん!? 逃げな!!」

 プーラートンの声が発されると同時にリオルグの姿は掻き消える。

「なっ!? どこっ!?」

 ネルが意識を研ぎ澄ませたその瞬間にはもう異形と化したリオルグの爪のような鋭い刃が喉元に迫っていた。

「くっっ………」

 ネルは死を覚悟し、浮かびゆく記憶が流れる思考のまま、ぐっと強く目を凝らした。ただ同時に生を放棄したわけではない。自らの首が跳ね飛ぶその瞬間まで諦める事を彼女はしたくなかった。
 だが視線がその軌道を捉えるも身体を動かす為の脳からの命令がどうしても間に合わない。
 凝らしていた目の前に迫る鋭い爪のようなものに反射的に瞼が落ちて、暗闇の中に視界は落ちる。

 暗闇の中で浮かぶ一人の少女の姿。これが走馬灯というやつなのだろうか? 死ぬ間際に見る遠い過去の幻影。

 その口が何かネルに言葉を話しかけてきたような気がした。

『だ、い、じょう、ぶ』

 ガキィンっという甲高い金属音と共に、ネルの首元に迫っていたその爪を跳ね飛ばしながらクルクルと空中で回る斧が視界を横切っていた。

 

続く


作 新野創
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