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49 校舎棟裏の土いじり

 新入生たちが学園に来てから半年ほどの時間が過ぎた。生徒達はここの生活にも慣れてくる頃で、それと同時に授業や決闘などで怪我をする者も増えてくる時期。

 慣れというのは怖いもので、どこかで自分は大丈夫という先入観が日々の中で生まれる。

 決闘は西部で認められているとはいえ双方合意でないと成立しないルールである事から、当然ながら断ることも出来る。

 そうした日々の安心感から最も危機感が落ちるのが、半年ほど経過したこの時期である。

 だが、単騎模擬戦闘訓練オースリーの開催は間近に迫っている。話だけは新入生の生徒達も聞いているが、まだ実感を伴わない者が多いのもその緩みに拍車をかけているのかもしれない。

 対照的に、一年以上ここで過ごす者達にはとてつもない緊張感が生じる時期である。

 学園内には弛緩した空気と緊張した空気が入り混じり、この時期は異様な空気が流れているのだった。

 

 ここで東西の違いにも触れてみるとこの西部学園都市ディナカメオスは東部学園都市コスモシュトリカとはまた異なる区画で学園内が構成されている事がわかる。

 
 校舎棟区画…生徒達が勉学、座学などを行うエリア
 
 教員棟区画…先生たちが待機しているエリア、外部との交信対応はここでしか行えない。

 自由公園区画…西部ではこの区画は東部に比べると非常に狭く、各区画に繋がる連絡口として通過するだけのエリアとなっている。

 闘技場区画…東部で言う所の自由公園区画、基本的に決闘はこの区画内で行う事が決まっている。

 生徒宿舎区画…生徒達の住む場所で食堂などもこのエリアに存在する

 商店・娯楽区画…騎士職以外のスキルも積み重ねたい生徒が店を開いたり研究をしたりすることが出来る区画

 
 西部で特徴的なのは闘技場区画で、広大な土地の中に数々の決闘場がある。平地から森や岩山、川辺、など自然が溢れるような場所から廃村、古城などの人工物跡地なども存在する。
 
 東部と違いやや人工的な景観が多く、自然は存在するものの、東部に比べると著しく少ないエリアに限定されている。
 闘技場区画では見晴らしがよく、遮蔽物もほとんどないような場所の方がエリアの大半部分を占めており、こうした戦闘エリアの状況もあって真っ向勝負での決闘意識が強くなるのだとも考えられる。

 また闘技場区画では大闘技場と呼ばれる西部のオースリーで学園内ランキング上位生徒同士の戦いでのみ使用される決闘場などがあり、とにかく一対一での力を高めるための環境とルールが供えられているのが西部学園都市ディナカメオスである。


 そんな中で校舎棟区画の裏には誰も近寄らない静かな場所があった。何年もほとんど人が訪れる事のなかった場所。
 そのエリアは西部でも数少ない自然が生い茂る場所にもなっている。
 訪れる人が少ない原因となっているであろう薄暗い小さな林の奥には開けた場所がある。

 みると誰かが手入れしているのだろう。綺麗な草花が生えていた。
 開けた場所以外は日当たりも悪く、総じて不気味な林となっている上に校舎棟の裏手にある為にわざわざここへ来る必要はないという場所である。

 その開けた場所の一角で一人の少女が手に持った小さなスコップで土を柔らかくほぐしていた。
 彼女の周りには鳥や小動物が集まっている。肩や頭に止まっていたりもするが彼女はあまり気にせず手元の作業を続けている。
 サクサクサクッ、ジャリジャリ、地面に突き入れて掘り出した後にまた元に戻す。
 優しく撫でるような風が吹き、彼女の紫色の髪がサワサワと揺れる。その瞬間、周りにいた小動物や鳥たちが一斉には同じ方向に視線を向ける。それに気づき彼女も視線を地面から上げてそちらを見る。
 とても珍しく誰かがここを訪れているようで人の気配がしたのだ。

「……誰?」

 声をかけられた男は少女と同じようにその自らの長い髪を風に靡かせながら木々を掻き分け、その場に姿を現した。ウェルジアである。

 どうやら、静かに鍛錬が出来る良い場所を探して彷徨っていたようでここまできてしまったらしい。

 いつもは生徒宿舎区画付近で鍛錬をしているのだが、この日はなぜかいつもと違う場所に足を運びたくなった彼はこうして人の少なそうな場所へとたどり着いた。

 以前は考えもしなかったことではあるが半年ほどの中で同じ景色が飽きてしまうという感覚がウェルジアの中で起きていた。

 これまで学園に来るまでの生活では景色などに意識を割く余裕がなかった事が窺える。

「先約が居たのか。邪魔したな」

 そういうと肩に止まった鳥をウェルジアは指の背で優しく撫でた。

「気にしないで」

「……」

 この場から動物たちが逃げない事で彼女はウェルジアに対しての警戒心は必要ないとばかりに落ち着き払っている。

 二人の間に沈黙が流れる。だが二人とも特にその様子を気にしている素振りはない。
 女生徒はウェルジアから視線を外すと何事もなかったように土いじりを再開した。

「……」

 学園へ来てからというもの、ウェルジアはどうにも昔の事を思い出すような事が多い。今回は彼女が土をいじる様子を見ていて思いだした。
 目的の為に必要な記憶以外は忘れ去ったはずなのだが、父の手伝いで共に畑を耕し、作物を育てられる環境を村の人々の為に用意していた時期の事が頭をよぎる。
 ウェルジアは苦い顔をした。目を強く閉じ「目的を忘れるな」そう、小さく呟いてその場を去ろうとした。

「あなたは……」

 背中を向けたウェルジアに彼女は声をかけた。
 土いじりをしながら目線をウェルジアに向けもせず、言葉だけが耳に届く。

「わたしがこわくないの?」

「ん? どうしてだ?」

「髪色」

 振り返ってよく見ると確かに珍しい髪色をしている。陽光に晒されてキラキラと反射している。

「綺麗な髪色だな」

「えっ」

 そういうと彼女はバッとウェルジアを見た。表情は相変わらず乏しいままだが、かすかに頬が緩んだような表情になる。

「変な事を言ったか?」

「ううん、べつに……あと、その」

 聞いていいものかどうか逡巡している様子で彼女はウェルジアに質問する。

「なんだ?」とウェルジアは特に気にした様子もなく返答する。

「腰に差したのは剣?」

「ああ」

 ジーっとウェルジアが握り締める鞘をみて呟く。

「珍しい」

「そうらしいな」

「……どうして折れた剣?」

 ピクリとウェルジアは反応する。彼女の前で剣を抜いたことはないはずだが、と怪訝な表情をする。

「ん? どうして鞘に入れているのに折れていると分かる」

「ん、なんとなく」

 その洞察力に驚く。何故気付いたのかは分からないが、それが意図しているわけではなく本当に感覚的なものだと彼女の反応から察した。
 ウェルジアは一瞬だけ張り詰めた空気を再度緩めた。

「……お前の言うとおりだ」

 ウェルジアはそういうと鞘からゆっくりと剣を引き抜いて見せた。


続く


作 新野創
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