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81 九剣騎士達の憂鬱

 王国シュバルトメイオンの王族が住んでいるこの国の南部に位置する王都に建立されている城、メイオン城。

 天高くそびえ立つその城の佇まいは城下の街からは視線を空へと見上げるほどに高い。
 一般的にいう『城』というイメージよりも、その様子は『塔』と形容するほうがイメージがしやすい。細長く伸びゆく建造物であった。

 複数の塔が幾つも重なり合うようにして城という建物を形成している様子が遠くからでも視認できる。
 その姿は荘厳かつ優美でありながらどこか風景に溶け込まないような違和感さえも生み出しており、そこが特別な場所であると誰もが一目で認識するだろう。

 中央にある最も大きな城の最上部に至ってはかなりの高度が建物自体にあり、天候によっては雲に遮られ、その上部は見えない事さえある。

 メイオン城内は幾つかの区域に分かれており、更には外周は何層もの城壁で遮られており、有事の際でも、すぐに中心部の城へは至れないような造りになっている。

 外敵からの危険から王族を守る事を第一に考えられている城の構造も相まって、普段、王族がその城の中から外へと姿を現すことは稀で、ほとんどの国民はその姿を見たことはない。

 城内を警護する九剣騎士(シュバルトナイン)をはじめとする選ばれし騎士達や、一部の上流貴族たち、また城に仕える者達もほとんどの者が城の外周部分にある建物までしか来ることはない。

 特別な機会、騎士で言えばギヴァーナなどの際には、王城内で二つ名を拝命する騎士にとって憧憬となる最高位の儀式が行われることがあり、その時にのみ謁見の間への入室が認められる。

 だが、ディアナ・シュテルゲンとカレン・エストックの二人同時のギヴァーナが過去に行われたのを最後に、それ以降、数年に渡り、城内でのギヴァーナは行われていない。

 つまり、実際の城と呼ばれる区画にはここ数年は誰も足を運ぶことすらなく、その中を見ることが出来た者は多くなく、非常に神聖な場所として更に不透明、不可侵の場所として国民には認識されている。

 そんな城内の一区画に設置されている騎士宿舎では、この度、学園で起きたリオルグ事変、そして、東部のカレンよりもたらされた生徒の一人ディアレスの身に起きた異変。それと同時期に起きていた国内の異常な現象についての報告が九剣騎士達の間で行われていた。

 天井から吊り下げられるステンドグラス。そうした調度品を設置できるほどに高い室内には他にも煌びやかな装飾が施されており、騎士達の傷だらけの鎧との対比は大きな違和感でさえある。

 鈍く光を反射するほどに美しく黒に磨かれたテーブルはそこに集まる者達の表情を寸分の狂いなく正確に映し出している。
 テーブルの上座に鎮座するのは、九剣騎士(シュバルトナイン)として最も古株、古参である人物。

 一の剣(セイバーワン)
 絶壁破岩の隻腕鬼人、アレクサンドロ・モーガン。

 過去の大陸統一大戦の際に片腕を失った男。英雄グラノ、プーラートンらとは旧知の中で、現在の九剣騎士を取りまとめるような役目を担っている。
 高齢であるためまもなく九剣騎士(シュバルトナイン)という地位を返上するという噂があったが、この事態でその時期も彼自身の意思で見送っていた。

 彼から右回りに座席に付く騎士達の姿が見える。

 二の剣(セイバーツー)
 氷槍裂傷の美騎士、クーリャ・アイスドール

 三の剣(セイバースリー)
 迅雷槍斧の実直者、サンダール・テンペスタ

 四の剣(セイバーフォー)
 炎槍爆突の制圧者、ディアナ・シュテルゲン
 
 五の剣(セイバーファイブ)
 空席(戦死)

 六の剣(セイバーシックス)
 空席(戦死)

 七の剣(セイバーセブン)
 不参加

 八の剣(セイバーエイト)
 変幻自由の剣騎士、リーリエ・ネムリープ

 九の剣(セイバーナイン)
 空席(戦死)

 半数の九剣騎士(シュバルトナイン)がこの報告の場に赴いていた。この騒乱の最中で、命を散らした者、また国内の散り散りに各地へと救援へむかった中で、連絡のつかなくなった一人もこの場にいなかった。
 常日頃から単独行動を行う人間であったため、誰もその情報を知らず、今回の招集をすることが叶わなかったのである。

「ふむ、今回は特に西部学園都市ディナカメオスからの報告量が尋常ではないようだな」
 一の剣(セイバーワン)であるアレクサンドロは、その長く白い顎鬚を撫でながら報告書に目を通していく。

「西部の自治区内、そして国内の様々な範囲で出現したそのウルフェンやドッヌに酷似した敵性個体の総称ですが、学園では今回の首謀者リオルグの発言から共通認識としてモンスターと呼称することを決めたようです」

 二の剣(セイバーツー)クーリャも報告書を見ながら互いに視線は交わさず言葉だけでやり取りをしていた。

「モンスターか、なるほど。神話にも描かれているゴジェヌスの下僕達と同じ名を付けるとは粋なものだね。我々が対処した各地域に発生した敵もこの同一呼称で呼ぶことにより今後の対策時は認識を統一化が出来そうだな」

 三の剣(セイバースリー)サンダールも眉間に皺を寄せ報告書を見つめる。

「モンスター、か。まさか、九剣騎士(シュバルトナイン)の称号を持つ者を同時に3人も失うとは前代未聞。これほど空席が出来るのは、戦いが頻繁に起こっていた統一大戦前期の時代以来、実に50年以上も前の事よ。しかも現在、後任として王からその役目を任命をされそうな候補者が思い当たらないときておる……人材不足は深刻よ」

 アレクサンドロもまた苦しい表情をした。自らも平和な時代が長く続いており、そろそろ一線を退こうとしていた矢先の出来事だったのだ。

 この騒乱の際に各地で突如発生したモンスターの鎮圧に対して先導、奔走していた九剣騎士(シュバルトナイン)だが、戦闘向きの能力ではない分野で選ばれていた3名をモンスター達との戦いで既に失っていた。

 戦闘向きではないとはいえど、それでも一般の騎士よりも格段に強い力を持つ者達であることは間違いない。
 だが、学園内では現れていなかった種類のモンスターの出現により、多くの騎士が命を失い、またケガ人も尋常ではない程、多く出ていた。

 求心力の高い九剣騎士(シュバルトナイン)。その者達を失ったことで、騎士達の士気も大きく下がりつつあった。
 それと共に、戦いへの恐怖が騎士達の中にまん延しつつあった。目の前で死んでいく同僚や、自分よりも強い九剣騎士達の姿。

 今回はどうにかなったが、次また同じことが起こったら。
 騎士達の思考にそんな不安がよぎっていた。

「今の段階では九剣騎士(シュバルトナイン)がこれほどまでに欠けたことは国中で伏せておくべきだろう。いらぬ混乱と不安を国民に与えてしまう。後任が定まるまでは秘匿事項としておこう」

 この場の一人を除いた全員がアレクサンドロの言葉に頷く。

 サンダールが再び資料に視線を落としながら、目に留まった情報を見て思わず苦笑しながらディアナへと話しかける。

「ディアナ。お前の隊が対処したというこの報告にある大型の個体……モンスターは国内に生息しているどんな動物に酷似していたんだ?」

 ディアナは思い出すように一息吐き出して、その過酷な戦いを振り返る。

「そうね、私達が相対した個体は、ウルフェン、ドッヌに混じっていたのだけど、グリベアに近い見た目でとても凶暴だったわ」

 グリベアというのは国内でも危険視されている野生動物のうちの一種で主に深い森の中に生息している。
 ほとんど人里に出てくることはないが、稀に現れては大きな被害をもたらす。今回は、その野生のグリベアをも凌ぐモンスターが出現していた情報は各地から集まっている。

 欠けた九剣騎士(シュバルトナイン)達もそのほとんどがこのグリベアの餌食となっている事が報告されていた。

 それを聞いて二の剣(セーバーツー)クーリャの表情がピクリと動く。

「そうなのね、一般的な野生のグリベアでも10人前後で一斉にかからなければ一匹をまともに対応することすら難しいというのに」

 いつもは冷静なクーリャですら驚愕を隠せない様子で小刻みに震えて俯く。

 それほどまでに今回の戦いは過酷を極めていた。町や村の人々を助けながら押し込まれる戦線を維持するのは容易ではなかったのだ。

 個人として強力な力を持つ騎士達であっても流石に大多数のモンスターに同時に襲われれば簡単には対処しきれない。数の力というのはそれだけで脅威なのだ。
 ましてや強力な個体が集団でとなれば騎士達とて手に余るのは必然、もっともこのような事態が起こる事など誰も予想が出来ず、初期対応、対処、判断の全てが後手に回ったことも大きく影響していた。

「ええ、今回現れたグリベアタイプのモンスターは野生のそれよりも更に大きな巨体だったわ。まるで見たこともない、初めて見るサイズよ。一体に対して20人前後の騎士での対処でようやく抑え込めるほど強力な個体が数体いたのが、痛いわ。成す術がなかった」

 九剣騎士(シュバルトナイン)の中でも戦闘力では上位に位置するディアナのその言葉にサンダールは目を見開き、驚きと共に手元にある報告書に向けて思わず苦笑いを浮かべる。

「……ディアナ嬢はそのうち一体を一人で相手取っていたとありますが、これ、本当ですか?」
 
 ディアナは心底悔しそうに歯ぎしりをした。

「ええ、状況的にどうしようもなかったんだもの。人出が足りないし、何故か全然倒れないし、一体で手いっぱいだわ」
「いやいや、それでも凄い事です」

 アレクサンドロが一枚の報告書をテーブルの上に乗せて全員に見せる。

「倒れないという事に関しては、西部学園都市から興味深い報告が上がっているようだぞ」

「興味深い報告?」

「うむ、剣での攻撃ではダメージが蓄積し、倒すことも出来ていたと」

 この場の全員の目が見開かれる。

「それが本当なら学園の子達の大きな手柄じゃない。やつらを倒せる糸口が見つかったなんて……でも、剣……なのね」

 クーリャとディアナが揃って顔を伏せる。現在の九剣騎士(シュバルトナイン)の者達は、剣をこれまで一度も扱うことなく今の地位に付いた者がほとんどだったからだ。

 アレクサンドロも再びその長い髭を撫でながら頷いた。

「そうじゃな。現在の正規の騎士達であっても、まともに剣を扱えるものはそう多くはなかろう。いや、ほとんどいないと言っても過言ではない。ワシも含めてな」

「けど、これに気付けたということは、つまり学園では剣を扱う技量の高い生徒が一定数いたという事になりますね」

 クーリャは顔を上げてアレクサンドロを見据える。学園にいる生徒達が今回の事態のキーになるのではと思ったのだ。

 アレクサンドロは大きく頷き笑みを浮かべる。

「時代が進むごとに剣を使う騎士が著しく減少なっていたが、やはり、近年……英雄グラノが居なくなった情報により、アイツの過去の偉業、伝説が民衆の中で影響し、再び英雄に憧れる子達が出てきていたということかもしれん」

 アレクサンドロの表情は複雑だった。その胸中にある気持ちを推し量れる者はこの中には居ない。

「アイツの存在の不足を埋めるように新時代で剣を扱う者達の登場という日も近いか……何という因果よな。グラノ」

 アレクサンドロは窓の外へとわずかに視線を向けて、再び全員へとその鋭い視線を向けて佇む。

「でも、この情報は大きな収穫だよ。どのモンスターにも適応する手段だというなら対策が立てやすい」
 サンダールもその情報には大きな収穫を感じているようだった。

 しかし、その中で冷静に考え事をしていたディアナは全員へ現実を突きつけるように呟く。

「とはいえ、剣でまともにあのグリベアタイプのモンスターと戦えるレベルに達するのは簡単に出来る事ではないわ。少なくとも現時点では私自身は教えられたとしてもすぐに使いこなせるようになれる気がしない」
 
 クーリャも再び瞳に影を落とす。
「そうですね、私達も含めて国内で指導に当たれるほどに剣を習熟している者がほとんどいない事が致命的です。プーラートン様のエニュラウス流派を継承している者達も少数いますけれど、あの流派は選ばれし者の流派。万人が使えるような剣の技術ではないと思います」

 サンダールもそれを聞いて肩を落とし今回の大きな損失を嘆いた。
「はぁ、プーラートン様も今や九剣騎士(シュバルトナイン)ではありません。それに、今回のリオルグ事変の際に負傷し、剣を持てなくなったという報告もありましたし、他に正規の騎士達に剣の指導を行えそうな者となると……」

 アレクサンドロはチラリと視線を奥へと見やって呟く。
「……一般に知られているテラフォール流、もしくはスライズ流の師範クラス以上の実力者という事になるか」

 奥の席で座ってグースカと鼻水が風船のように膨らみ、舟を漕ぐように頭をゆらゆらとして眠りこけている女性に全員の視線が集まった。



続く

作 新野創
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