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29 国からの通達書面

 メルティナが生徒会に入ってから程なく、東部学園都市にいる生徒達にとって特別な機会である、『あの時期』がやってくる。

 初めての『単騎模擬戦闘訓練』

 これまでの授業、訓練を乗り越えてきた生徒達が、初めて実戦での戦いを行う機会。
 模擬という名称は名ばかりで実際の戦場で一対一の遭遇戦となった状況で実戦を行うことになる。

 これまで個々の力を高めるような授業ばかりが続き、体力、知識、技術などを僅かに蓄えてきている生徒達の初めての試練。
 今持っている力を十分に発揮し、試すための機会となり最初の関門ともいうべき学園内の行事の一つがこの訓練だ。

 教師たちは細心の注意を払い準備を進める。確かに命がけで騎士になるべく力をつけてもらわなくては困るのだが、かといって、そう易々と未来を担う若者を失う訳にもいかない事情もあり、難しい立ち回りを余儀なくされる。

 東部学園都市全体がピリピリとした緊張感に包まれていく。

 普段は自主性が優先され、やる事やらない事は生徒達が判断して構わないような自由がある場所もこの行事だけは違う。
 学園内騎士を目指していないような生徒であっても、この機会だけは決して逃れる事は出来ない。必ず全員に参加の義務が課されているのが特徴だ。
 もし参加しなければ、ここに来ることによって得た権利、国から支給されている家族への金銭補償などの一切が打ち切られてしまう。

 つまり、騎士を目指すわけではなく、これらの学園に入学した際に発生する経済的なメリットこそを目当てにして来ていた者も避けて通る事は出来ない行事ということになる。

 更には基本的に学園内は自治が認められており、生徒会を中心に内部のみで管理・運営をされ国からのあらゆる干渉を学園内では受けることがない。  これは基本的な学園内の生徒の権利でありルールである事は周知の事実のはずだ。

 がしかし

この生徒達が一対一で行う
「単騎模擬戦闘」通称 『オースリー』
 

そして、学園内を二つに分けて行われる大規模な
「集団模擬戦闘」通称 『ギブング』

最も大規模となる東西二つの学園都市同士で争う
「東西模擬戦闘」通称『イウェスト』

 この三つの行事、イベントだけは国からの干渉が一切影響しないとされる学園内にも例外的に国から強制的な命を受ける事となる。ゆえに学園内に在籍している以上は不参加なども出来ず、逃れることは出来ない。

 仮に体調を崩しているような場合でも、実戦ではそのような状況も待ってはくれない。本当の意味で学園から先へと進んだ時の自らの騎士としての在り方を、覚悟を決め、常に最善の準備をしておかねばならない。それを学ぶための機会となっている。

 前日ともなれば、学園内のボルテージは最高潮に達する。今の力を試したくてうずうずしている者も少なくはないこの時期は最も危険が多い時期でもある。

 慢心や驕り、自分の力を過信した者達の末路は言うに及ばず、これまでの『オースリー』で怪我をするなどして退学を余儀なくされる者は新入生の中でも毎年3割にも上っている。
 怪我以外でも、騎士になる道のりの厳しさ、難しさ、遠さを身をもって実感することで諦めてしまうなど、この行事の後に学園から姿を消す生徒も珍しくはなかった。


「おはようございます。カレン先生のクラスの準備はいかがですか? いよいよ明日ですな」

 まだ夜が明けきらない教員棟区画内の建物の一室にいたカレンに近づいた一人の教師が話しかける。その風貌はおおよそ教師とは呼びにくい雰囲気を纏っていた。白髪で癖の強い髪質でうねるようにもじゃもじゃと頭にジャングルを形成しているような髪型。長い白衣を身に纏ってはいるが清潔感もも欠けている。
 これでは一見すると研究者という方がよほどしっくりくる服装である。

「ええ、滞りありません。今日までに何度も厳しく言い聞かせてきましたから、何かご用でも? ピグマリオン先生」

カレンはピグマリオンという名のその教師に端的にそう答えた。

「ええ、国からオースリーに関しての通達が届きました」
「……そうですか」
「すぐにこの後、生徒達用の書面も各自に渡されていくことでしょう」
「お知らせ、ありがとうございます」
「そして、これは教師向けの通達書面」
「確認します」
「今回は教師たちに向け、国からの特別な指示もあるようですな」

 ピグマリオンはニタリと一瞬笑みを浮かべたが、封筒に視線を落としていたカレンは気づかなかった。

「それでは、キチンと渡しましたよ」
「ええ」
「では、私はこれにて」

 カレンに通達書を渡したピグマリオンはすぐにその場を去っていった。

「……」

 なんとなく嫌な予感がし、すぐさまカレンは封を開けて中身を確かめる。破り開くように取り出した中身を広げ視線を動かす。

「_____________ッッ!?」

 そこに書かれていた内容、指示にカレンは思わず目を見開く。
 確かに毎回、国からこの時期には一定の指示が来ることになっている、が、こんなことは初めてだった。
 通常の通達書というのは、その模擬戦闘のシチュエーションと場所、また注意点やチェックするポイントを指定するのみの内容しか来ることがないからだ。
 カレンはすぐさま顔を上げてこれを渡してきたピグマリオンを探す、が既に目視できる範囲にはいなかった。

 再度ゆっくりと書面に目を落とし、カレンは確認するようにゆっくりと読み上げていく。


【__今回のオースリー開催中、教師達には一切の干渉を禁じる事を最初に通達するものとする。『何が起きた』としても手を出すことの一切を禁じる。今回のオースリーの全体の監督は長年学園に貢献してきた教師、ピグマリオンに一任する事とし、ピグマリオンの指示があった場合、現場の教師たちの判断指示の優先権はピグマリオンの考えに準じ言われた通りにすること。最後に今回の模擬戦闘の勝利条件を通達しておく____】



「ッッッ、ふざけるな、、、なんなんだこれは!? 国は一体____」








「____一体何を考えてますの」

 生徒会室では生徒会のメンバー達それぞれが生徒達に向けて届いた通達書を手にし、誰もが室内で言葉少なく俯いている。
 エナリアですら冷静さを失っており、その横でガレオンが机をぶん殴り凄まじい衝撃と共に二つに割る。

「こんな条件出されちゃ、東部学園都市の生徒数は……下手すりゃこの机とおんなじ、完全に半分になっちまうぞ」

 そこにアイギスが続く

「落ち着けってガレオン。この対戦相手の組み方、これまでのオースリーとは明らかになんか違うゼ。ランダムに組まれたワケじゃねェ。意図を感じるんだよナァ」

 震えながらカレッツが青ざめた顔で言う

「こここ、これじゃまるで、、、」

 エルも今回ばかりは柔らかな空気ではいられない様子だ。

「学園内の派閥争いを決着させるつもりかしらぁ? どうして国がそれを促す必要があるの?」

 エナリアがこれまでにない厳しい顔で呟いた。

「もしくは、東部全体の成長が停滞している今の状況を国が無理やり変えようとしているかですわね。私の相手は、シルバ・ガンダルフ…ですもの」

 スカーレットがエナリアの方に勢いよく顔を向ける

「んなっ!? 会長がシルバと!? 何の冗談だ!!」

 カレッツもエナリアの対戦相手を聞いて気づいたように震えながら口に出す。

「ぼぼ、僕の相手は、クラウス、クラウス・リンブルトンですよぉ……アハハハ、みみ皆さん、とりあえず先にさようならを言っておきますね~。今までありがとうございました。……だから最後に思い残すことがないよう女性陣の皆さんの双丘を僕の手の中に!!!!ㇶッ……すいません」

 全員カレッツの発言を無視し一斉にカレッツに視線を刺す。今はそれどころではないのだと全員の反応から嘆息してカレッツは俯いた。
 エナリアが歯噛みをする様子が見えたからだ。
 それもそのはず。相手の生徒は少なくとも今のエナリアが一人で勝てるような相手ではない。
 集団での戦いであるからこそ、他の派閥を抑え込み生徒会としての地位を手に入れたエナリア派閥の面々は全員が総じて分が悪い状況となっていた。

「私が対抗最大派閥のリーダー、そしてカレッツの相手は前生徒会長……」

 エナリアは努めて冷静に考えを口に出していく。

「ということは他の皆の相手も、この流れならば、なんとなく見えてきますわね」

 エルが切り出す。

「ええ、わたしは会長と同じくシルバ派閥の右腕システィアが相手」

 アイギスが続けざまに

「アタシはバイソンってヤツみたいだ。あの取り巻きの人数だけはやべぇ派閥のとこのリーダーだったよな確か」

 ガレオンがここで他の皆よりも少し思考が遅く、ようやくたどり着いた事実に驚愕した。

「完全に対抗している派閥の連中ばかりが相手、これじゃ生徒が半分どころか派閥通しのつぶし合いみたいなもんだぞ!! 下手すりゃ生徒会として東部学園都市の自治を担える生徒がいなくなっちまう。何考えてやがるんだ国は!!」

「ガレオンは誰が相手なんだ?」
 スカーレットがガレオンへ尋ねた。

「俺はシュトリカスリーとか自称している少人数、三人組派閥のうちの一人だな。というかあいつらは派閥とも言えないかもしれないが」

 生徒会室の隅で体育座りしていた男がもそっと立ちあがる。普段はあまりここには立ち寄らない男ではあるが、今回のオースリーでは彼にも思う所があるようで珍しく通達書を再度眺めた後、言葉を発した。


続く

作 新野創
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