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28 在りし日の決意

「ええ、あなたを生徒会に迎え入れますわ」
「あ、ありがとうございます!……、はぁーよかっ、、、た、、、あ、れ、、、」

 メルティナがようやく緊張の糸を解いて息を大きく一つ吐いた。余程の緊張感だったのだろう。思わずふらりとよろめいたメルティナをシュレイドが肩に手を添えて支える。

「メルティナ。大丈夫か?」
「う、うん、ありがと」
「メル!! 凄いよ!!」

 ミレディアもメルティナの健闘の様子に熱が入っているようだ。実際に戦うという行為以外にもこんなにも熱が入る事があるのかとシュレイドは新鮮な気持ちで周囲を見回すと、生徒会の面々も非常に疲れた様子で佇んでいる。

「メルティナ」

 エナリアが椅子から立ち上がり、メルティナに向かって声をかける。

「改めて、ようこそ生徒会へ。メルティナ・フローリア。正直、想像以上でしたわ」

 その言葉を皮切りに生徒会の面々はメルティナを入り口から席へ案内し、取り囲んで歓迎の様子だ。これならば大丈夫だろうとシュレイドは声をかける。

「それじゃあ、俺達はこれで開放でいいのか?」
「貴方達二人は、残念ですけれど、致し方ありませんわね」
「すいません。生徒会には直接入るのはやっぱりあたしはどうしても心が向いてくれません。でも、その、東西戦? でしたっけ。その時に私が出来る事で協力はしますんで」

 ミレディアはきっぱり言い切った。

「はぁ~ん!! 君みたいに物言いがはっきりしてて、かっこよくてかんわいい子も素敵だなぁ、僕はそういう子もすっごく好きなんだよねぇ…もし…」
「ごめんなさい!!」
「せめて最後まで言わせて!?」

 カレッツが肩を落とし、アイギスがそれを見て腹を抱えて笑いだす。

「ヒィーやッはッは!!!! 速攻フラれてやんの!!!!! ふひひひィッ、腹が捩れる~、ま、カレッツの腹は太くて捩れはしないだろうけどナ。で、オレンジ色の髪のオマエ、なかなか面白そうだ。強いだろ」
「ど、どうなんでしょう? 人並み以上は鍛えてるはずなんで弱い方ではないかなーとは思いますけど」
「ハハハ、そうやって臆さず言える奴は好きなんだよなァー。今度、うちの部に来いよ、生徒会じゃないなら別に構わないだろ?」
「部活ってやつ、ですか?」
「あぁ、一対一の決闘好きな物好きが集まる名も無き部さァ。いや、まぁ名前あるんだけどそこは大した問題じゃねぇ。西部の連中に個人の力でも絶対に負けたくねぇって奴らで日々競い合ってる。オマエも興味あるはずだぜェ~、そういうヤツは匂いと、目で分かっからな、血の気も多いだろオマエ!」

「おお、当たってる」
 シュレイドがぽつりと呟いた瞬間にその頭に拳が落ち、ごつんと鈍い音がした。
「いってぇ!!!」
「はぁ!? 血の気多くなんかないし!!! 人を戦闘狂みたいに言わないでくれる!?…ってあれ? シュレイド? 今あたしの拳、当たった、よ、ね?」

 シュレイドは拳骨を食らった箇所をさすりながら涙目になっていた。

「血の気が多いって、こういうとこだろ、、、、」

 その様子を見ていたメルティナがすかさずミレディアに声をかける。

「ミレディ! シュレイドはもう疲れてるみたいだから部屋まで送ってあげて。エナリア会長、いいですよね」
「ええ、構いませんわ。長く拘束してしまってごめんなさい」

 エナリアは再度立ち上がり頭を下げた。

「いえ、それじゃ失礼しました!! アイギス先輩!! また今度お邪魔します!」
「オウ、まってっゾ~!! この建物内に部室あるからナ~」
「はい!! ほら、シュレイド!! 帰るよ!!」
「ああ、そうだな。…あ、ガレオン、、、さん! 案内、ありがとうございました」
「ハハハ、いいってことよ!!!!! またな!!!!! 早いとこお前も覚悟決めちまえよ! 期待してるぞ!!!」

  ガレオンが部屋を去るシュレイドの背中に向けて意味深な言葉をかける。それを受けた彼の表情は室内の者達には一切見えなかった。
 生徒会の面々が手を振ってシュレイドとミレディアを見送る。

 カレッツの腹とエルの胸だけが大きくその動きによって揺れているのが扉の向こうに消えた。

 生徒会室を後にした直後、ミレディアがシュレイドに声をかける。
「考え事でもしてた? 珍しいじゃん。私の拳が当たるなんて。いつもはサラッと避けられてるのに」
「…え、ああ、そういわれてみれば、お前の拳って割と痛かったんだなって久しぶりに思い出した」
「ていうかさ、ぜっったい悩み事でしょ、明らかにおかしい。何かあったんなら聞くけど?」
「別に、何でもない」
「隠さなくてもいいって……あんたさ、戦うの、ヤなんでしょ?」
「んだよ……全部きいてたんじゃねぇのかそれ」

 ミレディアは僅かに苦笑いを浮かべて舌を出した。
「ごめんって、盗み聞きするつもりではいたからさ。ま、アンタが告白されるのに呼び出されたんじゃないかって思って後をつけてただけではあるんだけど、全然違う話でがっかり~」
「はい?」

 シュレイドはぽかんとした表情で何の話をしているのか分からない様子だ。
 直前と全く違う真剣な表情に切り替えたミレディアがシュレイドを真っすぐに射抜くような目で呟く。

「…ね、いいんじゃない? 無理に戦わなくても。剣術がすごく好きだから続けてきただけなんでしょ」
「ミレディア。お前」
「今は学園内にも多くなってきてるんだよね? 騎士を目指してないとか、そういう人たち」
「…どっからその話聞いてたんだよ、、、」
「今はそんなことどうでもいいじゃない」
「いや、よくないだろ」
「シュレイド。無理に戦う必要なんて、、、あたしは、、ないと思う。英雄の孫だろうがアンタはアンタなんだし」
「______なぁ、ミレディア。その、お前は、さ。何の為に騎士を目指してるんだ?」

 昔から身近にいる中で一番騎士に拘っていたミレディアが騎士を目指す理由をシュレイドは知らなかった。こんなに長くいるのに、ここに来る前からの長い付き合いがあったのに、そんなこと気にしたこともなかった自分が如何に狭い興味の中でしか生きていなかったのかを思い知る。

 ミレディアはシュレイドの質問を受けて表情が曇り、これまでに一度も見た記憶が全くない悲しげな笑顔を一瞬浮かべたかと思うと、ゆっくりと目を瞑った。

 次に目を見開いた時には意志の込められた目、そしていつもの明るい表情でシュレイドに真っすぐこう言った。

「……沢山の人を助けられる、本当に強いお姉ちゃんになるって昔、約束したんだよ。だからグラノさんのような立派な騎士になれたなら、それを叶えられるって思ってる…」

その言葉、そして先ほど一瞬だけ垣間見えた表情でシュレイドは悟ってしまった。その約束をしたというミレディアの妹はおそらくきっともう、この世界のどこにも居ないのだろう。と

「あたしにはあたしだけの理由がある。だからシュレイドも自分がしたいようにすればいいと思うよ。普通の人よりもずっと強い力があるからって、それを戦う理由になんかにしなくてもいいんだから」

 シュレイドは、思った。ミレディアは自分よりもずっと強い。そう、思った。
 自分にはこんな、目は出来ない、したことがない、今の自分にはどうしたってこんな表情が出来ると思えなかった。

 今の考え方だってそうだ。
 いつも自分と似たようにバカやってる姿しかシュレイドは知らなかった。

「さ、もういこっか、部屋まで送るよ」
「……普通はこういうのって立場、逆なんだろうけどなー」
「あははっ!! いいっていいって~あたし相手にそういうのいらないってば! とにかく今日はさっさと休みなよ!」

 ミレディアに背中を押され、生徒宿舎区画へとシュレイドは戻り、自室へと入った。どうやら、フェレーロはまだ帰ってきていないようだ。変に絡まれずに済むなとは思いつつ、部屋の静寂に今はなぜか耐えられそうにもない。

 シュレイドは息苦しい部屋からバルコニーへと出て、外の景色を眺めて静かに呼吸を整えようとゆっくり深呼吸をした。

 ゆっくりと沈んでいく夕陽と闇が混在する風景はここに来た時と今日も変わらず同じ景色を描いている。
 瞳に映る空。日が落ちきる直前の瞑色の空を仰ぐ彼の胸中は未だ誰にも推し量れない。


「シッ! フッ!! はぁああっ!!」

 ふと、その時バルコニーから見える宿舎の中庭で剣を振るう人影があった。シュレイドは遠目ながら、以前からこの時間になると現れるその誰かに自然と視線を向け、呟いた。

「今日もやってるんだな。毎日毎日この時間までずっとやってるよな、あの人」

 早朝に毎日鍛錬をしているシュレイドとは対照的に日のほとんど落ちた夕闇の中で剣を振るう人影。相変わらず表情はこの暗がりではほとんど見えないが、その影が映し出す人物の動作、剣捌きは本当に美しく、日に日に洗練されていってるのが遠目にも分かる。

 その気迫は空気を伝ってシュレイドの身体を僅かながら緊張させる。

「以前より遥かに鋭く、流麗に剣を振ってるあの人。一挙手一投足にも手を抜かなくなっている。無駄がなくなっていく……あの人も、本気で騎士になろうとしている生徒なんだろうな」

 中庭から視線を外し、再び空へと視線を移したシュレイドは自身の思考の海へと、ここへはじめて来たあの日のようにズブズブと沈んでいく。

 夕日が大地と空の境目に飲まれ夜の闇が訪れると共に、彼の心にはそれよりも更に深く混沌とした暗闇の時間が再び訪れるのだった。



続く

作 新野創
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