Seventh memory 07
「でさ、でさ、それで、ナールは、アカネちゃんのどこが好きなの?」
この発言すらもイアードからすれば純粋な疑問でしかない。からかってやろうとか、いじってやろうとかそういう意図はまるでないのだ。
どうして好きになったのか、そうした興味にしか意識が紐づいていない。
最初こそ多少はからかうような意思があったであろう彼女も、気が付けばからかうよりも彼女の中では、どうして好きになったのだろうかという疑問、興味の方が勝ってしまったのだ。
「ななななな!!!!」
「すぐには答えは出せない……かぁ。じゃあ逆にアカネちゃんはナールのどこが好き?」
その疑問はナールの心へ真っすぐど真ん中ストレートに打ち抜いた。
どういうことなのか? なんでそんな事を聞いた? 混乱極まる状況にナール脳内は処理の限界、臨界点に達しようとしていた。
イアードは二人を観察した結果、おそらく、いやほぼ間違いなく、アカネ側もナールのことが好きなのだろうという答えに至っていた。
しかし、当のナールはそうではなかった。そんな思い上がりをするような性格ではないのだから当然? なのだろう。
彼女からすれば、ナールと同じく、アカネがどうしてナールを好きになったかという事が気になって気になって仕方がないのだった。
「ちょ、イアード!! いい加減にーー」
「……良くも悪くも素直でまっすぐなところ、です、かね……」
発言したアカネの頬が炎を上げそうに赤らむ。
イアードを止めようとしたナールの顔も、一瞬その発言で硬直した後、同じように赤くなっていく。
ナールの処理能力はここで臨界点を突破したようで、真っ赤なまま、頭上から煙を上げるように沈黙した。
そんな二人とは対照的に、イアードはなるほどなるほどと頷いた。
アカネの言うように、ナールの正直過ぎる部分は確かに彼の魅力の一つであるとイアードも思っていたようでその点の合致に頷いたのだ。
また、彼女にとっては、ナールのそう言ったところは単に面白い所という感想しかなかったのだが、人が変われば好き、という感情になるという結果は彼女にとって、とても面白い出来事となったのであった。
「あっ……」
「ほぉほぉ……んで? ナールは?」
そうなってくると、やはりというか当然というかナールの方の理由も気になってしまうのがイアードという人物だ。
今まで自分やアインという女性がいたにも関わらず、ナールのこういった女性に対して……いや、誰かに対してこのような初々しい反応を示すことは彼女の知る限りで初めてだった。
とにかく見ているだけで楽しい事でイアードの知りたいという気持ちを一層加速させていく。
臨界点突破、絶賛赤面中のナールの思考レベルは極端に低くなっていた。
「……いっ、言えるか!! バカ!!」
「はぇ~言葉にできないくらい好きってことかー、これがそうなのか」
好きに理由はいらない。いつだったか読んだ書物にそんなことが書いてあった。
全てに対して理由があるという考えを持つ彼女からすればそれは理解できないことではあったが、ナールのその発言を聞いて初めて理解できた気がした。
イアードは再び、うんうんと頷き、納得していた。
「……」
「……」
「まぁ、とにかく、お二人さんあっつあっつなんだね! あー熱い熱い。いっしっしっ」
イアードが1人で何かを納得し、2人を激励するかのようにバシバシと背中を叩く。
「うんうん、良きかな良きかなーーおーっと、っと、これ以上のおせっかいは野暮だよね~、でもでも、あたしは応援するよ~なんたって、今、あたしの中で1番2人の今後が興味深いからねぇー」
そう言ったイアードは独特ないつもの笑い声でニコニコと2人に笑いかけてくる。
ナールにとって不本意な流れではあるものの、このイアードのおせっかいがきっかけで彼とアカネの距離は急激に縮まることとなった。
何でも正直に素直に話してしまうナールと、ついキツいことを言ってしまいがちで素直になれないアカネにとって、イアードという良い緩衝材が居ることでその関係はより近くなった。
ことあるごとに自分は邪魔者だからねぇと2人から距離を取りろうとイアードがするが、2人にとってはそのイアードという存在は居なくてはならないものになっていた。
しかし……最近になりナールだけでなく、イアードまでも毎回どこかに向かっていることに疑問を持ったドライがこっそり2人の後をついていき、3人で会う現場を見たドライが騒いだ。
それを面白がったアインが彼の父親に伝えたことで彼らの密会はいつしか公認されているものになった。
ただ1人ツヴァイだけはその状況がよくわからず、会いたい人に会うのに何か理由でもいるのかよ? と首を捻っていたのであった。
ひとたび公認な中になってしまえば、ナールとイアードの2人が休憩時間になり抜け出すたびに、声をかけられる事態となっていた。
「おっ、彼女んとこ行くのか? ナール」
「もう、いっそこっち呼んじゃえば? ナール」
「こーら、二人とも茶化さないの、ナール、がっついちゃダメよ」
ナールはいつのまにかいつもの暗く静かな印象から明るく表情豊かに過ごすようになっていた。
「アイン!! 君が一番タチが悪いぞ!!」
そんな軽口を叩くなんて光景はもはや、彼らにとって日常茶飯事のものだった。
「まぁまぁ、仲人であるあたしがしっかり見張ってるから安心しなよ皆! いっしし」
「……今日も付いて来るのか? イアード」
「あっ、お邪魔ですよね……でも、あたしも友人としてアカネちゃんに会いたいもんでね、いっしし」
「……好きにしてくれ……」
最近のイアードといえば、女の子同士ということもあって、自分よりもアカネとの仲が良いようにもナールは感じていた。
やはり同性同士の方が話しやすかったり、考えが合ったり、遠慮しなくても良いというのも関係しているのだろう。
ナールとしても、ツヴァイや父親や弟と話す時と、アインやイアード、アカネと話す時とはどこか違うよなと考えれば理解は早かった。
頭ではわかっていた。しかし、正直、少し、ナールの気持ちはそんな現状にもやっとしてしまうのだった。
「やっほーアカネ! 今日も会いに来たよー」
「あっ、イアード、ナールさん! 今日もサンドイッチ作って来ました!」
イアードは呼び捨てなのに自分は未だどこか他人行儀な敬称で呼ばれる。そんな些細なことですらナールにとってはそのもやもやを加速させる要因でしかなかった。
「……」
少し、不機嫌気味に無言でサンドイッチを手に取り口に運ぶナールを見て、2人が揃って見つめていた。
「……ナール……さん?」
何も言わず、二つ目のサンドイッチを手に取ったナールの手をイアードが掴んだ。
「……ナール、あんた、その態度は流石にないんじゃないの?」
「……態度?」
ナールが軽くイアードを睨みつける。それは完全な八つ当たりでしかなかった。
しかし、そんな感情を適切に処理できるほど、彼らはまだ大人ではなかった。
「……嫌いです……」
「……えっ?」
「こんな、ナールさんはあたし、大っ嫌いですっ!!」
目に涙を浮かべ、アカネがナールを睨みつけていた。
それは、ナールに対しての怒りと悲しみが入り混じったものだった。
感想は良くはなくても、いつもちゃんと真剣にサンドイッチを食べてくれていた彼のあまりに粗暴な今日の行いに、彼女の中で珍しく怒りが込み上げていた。
それだけではない。イアードに対して先ほど向けた睨むように冷たい目を向けたナールの態度が何よりも許せなかった。
「……」
ナールは何も言わずにその場を立ち去った。
アカネは泣き崩れ、イアードはナールの方をチラリと目で追いつつも、アカネのそばを離れることはなかった。
その日、アカネとナールは仲良くなってから初めての喧嘩をしたのだった。
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