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Seventh memory 16

「それで? あなたが迎えにきてくれたというわけ? あたしとあなたは親友、だったものね」

 目の前の状況に戸惑うこともなく、アカネが小さな笑顔を浮かべる。
 ベレスもそれを予想していたのか嬉しそうに笑っていた。
 
 それはアカネにとって久々の再会の瞬間であった。

「いっしっし、嬉しいこと言ってくれるけどさ……ボクが来たのは、そんなに良い事でもないんだよ?」

 しかしアカネのその喜びを否定するように、ベレスが言葉を続ける。
 彼女にとってもアカネとの再会は喜ばしいことではあったが、今の彼女にはその再会を喜んでいる時間はなかった。

「どういうこと?」
「アカネ、まずはありがとね。あの子を……サロスをちゃんと育ててくれて」

 アカネの横で安らかにすやすやと寝息を立てているサロスを見て、ベレスは柔らかな笑みを浮かべた。
 初めて見るベレスの表情にサロスの存在はベレスにとっても、とても大切な存在であるように感じた。

「……まだ、途中よ……本当はもっともっとこの子が大きくなって、誰かと幸せになるまでは見守ってあげたいと、今でも思ってる……」

 アカネはそう言って、サロスに対して寂しげな表情を浮かべる。今も泣いていたサロスの顔が頭にしっかりと残っている。
 アカネにとって救いだったのはサロスの泣き顔だけでなく笑顔も最後に見られたことだろう。
 お互いに涙でお別れすることはしたくなかった。泣きはらしてお互いに酷い顔ではあったが、最期のその瞬間を笑顔で終わらせることができた。

 しかしアカネからすればそれで満足、というわけにはいかなかった。

 今、アカネは今まで生きてきた中で間違いなくわがままで融通が効かない精神状態だった。
 叶うなら、今この瞬間も自分が消えると言う運命をなかったことにしたいとさえ思っていた。

 

「いやいや、無責任に預けたボクよりずっとずっと立派だよ」

 ベレスがサロスに触れようと右手を伸ばすが、直前でその手を引き留める。
 彼女は自分がサロスに触れる資格などないと自身で悟ったのであろう。どうせ触れることなど出来ないと分かっていながら、それでも手を伸ばす事さえためらった。

 アカネに預けることなく、自身で育てることもできた彼女はその選択をしなかった。いや、出来なかったのだろう。
 だとしても今ここで愛しいその存在に触れようとするのはアカネに全て丸投げのように託した自分のすべき事ではない。ベレスは自分でそう判断した。

「……サロスはあなたの子供なの?」

 アカネにとって純粋な疑問を問いかける。
 先ほど見た優しい表情のベレスは自分とどこか似ていた。
 アカネにとってその顔は母になることで初めてわかる愛おしげな表情だった。

「いいや違うよ。前にも言ったけどサロスは……希望、二つの世界を救うことができるかも知れない希望なんだ」
「サロスが希望?」

 前もそう言っていたが、アカネはその言葉の意味がわからない。
 他の子がどうなのかアカネも知らないことだが、サロスが何か特別に他の子と違うと思うようなことはこれまで一度もなかった。

 強いて言えば度を越す程のやんちゃで元気な子というくらいだ。
 
「そう、そのためには、アカネ、君の存在が必要だ」
「あたしが?」
「君にはわからないかも知れないけど、君と言う存在は君が思っている以上に今の世界のバランスにとって重要になっている。ボクにとってもあいつにとってもクソ野郎な神様にとってもね。だからどうしても君は、君だけは天蓋へも向こうへも連れて行かれるわけにはいかなかったんだ」

 ベレスの見たことのない必死さにアカネはそのことを何となく察した。
 自分がどこか遠くに消えてしまいそうなこのタイミングでベレスが現れた。
 これはきっと偶然ではないことなのだとアカネは今の一言で確信した。

「……あたしは一体どこに行くの?」
「わからない……説明しようとしても、ボク自身もよくわかっていないんだ。ただ……これだけは言える。アカネ、君はまたいつかサロスにも、そしてヤチヨちゃんにも会える」

 アカネの目の色が変わる。今までどこか他人事のように聞いていた彼女がその言葉に食いつくように前のめりになる。
 その反応の違いに思わずベレスも固唾を飲み込んだ。

「その言葉に、嘘はないわね」
「……良い目だね。ボクの好きな本気の目だ」

 今のアカネにとってベレスの言葉が仮に嘘だとしてもまたサロスやヤチヨに会える可能性が1%でもあるのならその可能性にかけることは当然だった。
 それほどまでにアカネにとってサロスとヤチヨの存在は大きくかけがえのないものになっていたからだ。
 二人のそばにいること。それはアカネにとって何を犠牲にしたとしても叶えたい願い。

「あっ、でも一つだけ謝んなきゃ……」
「?」
「ナールにさ……」
「彼なら、きっとわかってくれる……」

 アカネの脳裏に浮かぶ愛しい人の顔……ナールには本当に申し訳ないとは思っている。
 自分を愛してくれた。何度も何度も心の支えになってくれた。
 間違いなくアカネにとってナールという存在もかけがえのないものではあった。

 自分のために、立場も友達も家族も全てを投げ出してくれたナール……。

 しかしそんなナール以上にアカネにとってサロスという存在は大きく大切なものになっていた。

「ナールのこと心配?」
「心配じゃないって言えば、嘘になるかな」
「だよね~ナールはさ、アカネのこととなると目の前のことが見えなくなるからさ……」
「彼には、幸せな人生を送ってほしい……だから、この指輪も受け取る気はなかったのだけど……」

 きらりと左手の小さなシルバーに小さな赤い宝石のついた指輪が光る。数週間前大勢の自警団と共に訪れたナールが急いで走って戻ってきたかと思うと、彼にしては珍しく強引にアカネのその左手の指へとはめた。
 アカネはその指輪を返そうとしたが、ナールはそのままアカネの顔も見ずに一目散に走り去ってしまった。
 それからも会うたびに返そうとしたが、なんとなしにはぐらかされ更に自分の体調も悪化してしまったため、とうとう返すタイミングを失ってしまっていたのであった。

「強引だったよね~」
「見てたの!?」
「いっしし、だってボク、神様だからさ」

 そう言って冗談っぽく笑うベレスを見て、アカネはベレスのその発言がどこまで本当なのかわからなかった。
 だが、一つ言えることはその言葉がただの冗談ではないことだけは確信していた。それでも、彼女を自分と違う存在なんかには括りたくなかった。

「……あなたは神様なんかじゃないわ」
「むむむ、それはどうしてかな?」
「だって、あなたが神なら、あたしにこんな運命を定めないでしょ?」

 アカネのその発言を聞くとベレスは少し驚いた顔をし、またいっししといつもの笑顔を浮かべた。
 自分の親友が仮に神様だとするなら自分にこんな形の運命を与えるはずがない。
 笑顔になれない、笑えない運命をベレスが自分自身以外に与えるはずなどないはずなのだ。

 彼女は、本当に優しい人だから。周りの事ばかり気にして、自分の事を犠牲にし続けて。そしてどれほど長い間、彼女はひとりぼっちのままで笑顔になれない、笑えない運命に抗い続けたというのか。

 そんなベレスと共にサロスが、ヤチヨが笑顔になれる未来を自分がもし作れるというなら……

「それで、自称神様は神隠し事件のようなやり方を真似てまであたしに会いに来て一体何を望むのかしら?」
「おや? アカネ、君はボクが君にだけ特別に会いに来たと思っているのかい?」
「そういう言い方をする時点で、あなたはあたしの言ったことを肯定してるって気づいているかしら?」
「いっしし、アカネ、君はやっぱりボクの最高の親友だよ……そんな親友の君に実に簡単なお願いをしにきたのさ……ねぇ、アカネ、君にボクの……ベレスという存在になって欲しいんだ」

 珍しく真剣な表情を浮かべ、今まで一番重たい口を開けながらベレスがゆっくりと話始める。その空気はとてもとても重苦しいものであった。

「……」
「突然そんなこと言われても困ることだってことはわかってる……でも、君しか君にしか頼めないことなんだ!! ボクが信頼してベレスを頼めるのは君しかーー」
「……なぁんだ、それだけ? いいわよ」
「えっ?」

 アカネのその発言を聞き、ベレスはまたきょとんとした表情を浮かべた。またどういうことなのかとアカネに問いただされ、自身の役割を話すことになるとそう思っていたからだ。

 しかし実際はその親友は二つ返事で自分の頼みを聞き入れたのだった。

「あなたみたいに自称神様になれば、二人の傍にいられるというのならお安い御用よ」
「アカネ、頼んだボクが言うのもおかしな話だけどとても大変なことなんだよ」
「そうでしょうね」
「辛くて苦しくて、何度も泣きそうになったりもするんだよ?」
「それは嫌なことね」
「それにーー」
「?」

 ベレスは先ほど以上に重くなった口をゆっくりと動かした。

「アカネ……君が仮にボクになったとしても直接的にはボクがイアードとして接触していた時のように直接、あの2人を見守る事は出来ないんだ」
「……でも、ベレス。あの2人には見えなくても傍にいることはできるのよね?」
「え!? あぁ……それはできる、と思うけど」
「なら、充分よ。ちょっと残念だけどね」

 ベレスが珍しく動揺しながらもそのアカネの疑問へ答えを返す。アカネはそれだけを聞くとまた満足そうな笑みを浮かべた。

「そんなにこの子たちの傍にいられることが幸せなの?」
「えぇ。見えなくてもこの子たちの傍にいられる……それだけでも充分よ」
「……そう。ならアカネ、そんな君にボクから一つ良いことを教えてあげよう」
「あら何かしら?」

 必死な顔をしていたベレスの表情が和らぐ。

「一度だけ……たった一度だけサロスかヤチヨのどちらかに直接干渉することができるよ」
「えっ!?」
「ただし……君の存在やボクの存在は一切伝えないこと……でないとこの一連の神隠し騒動の元凶にボクやアカネが今からすることの邪魔をされてしまうからね……そして、その時が来た時、君がどちらかと接触した時、今からボクがすることと同じことを君は行うことが出来る」

 ベレスにはどうやら何か考えがであるみたいだし、それを良く思っていない存在がいることはしっかりとアカネは理解したが、今の彼女からすればそれが例えどんな大きく重大なことであったとしても、サロスかヤチヨどちらかともう一度話ができる。その事実だけ頭がいっぱいだった。
 それはアカネにとって願ってもいないとても嬉しいことだった。
 
 しかし同時にベレスのその口調から、どちらかに自分と同じような辛い運命を与えてしまうことであるものではないかとアカネは感じた。

 だが、ここでとある疑問がアカネの中に浮かんだ。

「待って、あなたの言ったことが本当だとしたなら、どうして貴女はその事実をあたしに自分伝えた上で話が出来ているの?」

「それが、ボクが長い時間何千、何万と同じ時間を繰り返して積み上げた結果ようやく作れた小さな世界への歪みだ。本来なら出来ないはずの事をボクはアカネに対して行えている。これはきっと兆し。そう、思いたい。でも、兆しは必ずしも良い事だけを起こすきっかけじゃない事もある」

 できる事であればこうしてただあの二人を見守るだけの存在であって欲しい。
 だが、きっと彼女は予感めいたものがあるのであろう。先ほどの行動が必要となる瞬間が訪れる機会があるということを。

 でなければ自分にそんなことを言うはずがない……。

「……だから、あなたはあの日消えることで、あたしにこの運命をすぐに与えないようにしてくれた……けど、希望を、サロスを託したのも、結果的にはこの時の為なんでしょう? 何が起きているかまでは分からないけど、貴女が成そうとしている事の今の状況が想定以上に芳しくない。ただ見ているだけにはいかなくなって……こうして目の前に現れた。一度しか出来ないという干渉機会を使ってまで。そうなんでしょ? ベレス……」
「……ねぇ、アカネ、君は……どこまで本当は察しているんだか」

 アカネのその発言にベレスは目を丸くしてただただ驚いていた。
 アカネはそんなベレスをみてクスクスといつも自分がされているような悪戯な笑みをベレスへと向けた。その笑顔は天使のようにも悪魔のようにも見えるものだった。

「……何も知らないわ。だって、あたしは人間でどこにでもいるただの母親なんだもの」

 そのアカネの発言にベレスは思わず吹き出してしまった。まったく彼女の予期せぬその答えであったのだろう。ベレスにまた一泡吹かせられたと思い、アカネはまたひとつ満足げな笑みを浮かべた。

「……お母さんって……すごいんだね」
「そうよ、あなたが託してくれた母親って存在は、神様にだって負けないんだから!」

 アカネのその発言を聞き、2人はまた笑い合った。とても微笑ましい光景にも見えるが見る人によってはその光景はとても恐ろしいものに見えるものなのかも知れなかった。
 アカネの中で既に何かが決まっていることを悟ったベレスはこれ以上説明は不要だと確信していた。

「……いっしし、なら最初からボクがお母さんになってりゃ良かったのかなぁ」
「もし、サロスを託してくれていなかったら、あたしはあなたのこと一生許さなかったでしょうけどね」
「おー怖い怖い。親友に恨まれるくらいならボクは母親にはならなくていいや」
「そう? 親友に恨まれたとしても譲れないものよ。母親ってね」

 アカネのその発言にベレスはまた驚いた表情を浮かべる。少し会わない間にも自分が見ていた以上に強くたくましくなっているアカネの姿をみて驚きながらもベレスはとても嬉しかった。

「そんなに?」
「自分の命なんて惜しくないって思えるくらいには大事なものよ。血なんか繋がってもなくてもね」
「いっしし、それナールが聞いたらどう思うかな~」
「そうね~きっと、こーんな風に眉をひそめた不満気な顔して困るでしょうね……」

 二人はまた子供みたいに大声で笑った。普通であれば眠っているサロスを危うく起こしてしまうほどの声量であったがおそらく自分たちのこの楽し気な会話も笑い声も聞こえることはない……。

「でも、ナールならそれでもきっと、そんなあたしを理解してくれる。サロスやヤチヨを愛する事を選んだこのあたしを」

 そう自分たちの声は神様の声のように聞こえない何かになっているのだとアカネは思っていた。
 それに先ほどから何度もサロスを撫でてあげようと手を伸ばしてもすり抜けてしまうという悲しい現実もある。

「……サロスのこと、愛してくれてありがとう……」

「こちらこそ、サロスに会わせてくれて……一緒に過ごす時間を残してくれてありがとね……ベレス……」
「じゃあ、行こうか」
「えぇ」

 ベレスが差し出した手を取り、その両手を繋ぎ合わせたとき、アカネの中にベレスという存在が流れ込んでくる。
 それはアカネにとっては不思議な感覚。
 自分の中に自分と言う自己存在があるにも関わらずそれと同じようにベレスの……今までのベレスであった存在たちの記憶も自分のものであるかのように存在していく。

 アカネの知るベレスという存在……また今のアカネのように前のベレスとなっていたのであろう見ず知らずの少女達のベレスとしての記憶の数々。

 そして、一つだけ不可解な事にその中に男性の存在も記憶も存在していなかった。ベレスとなったのは少女達だけという事実に意味があるのかは分からない。
 
 ベレスという存在は誰かによってその姿、形を与えられる存在であり、同時に誰とも言えない存在でもあったのだから不思議はないとは言える。正に神のようなものかもしれなかったから、人間の性別なんてものには意味は無いのかもしれない。

 
「やっぱりね。神様、だなんて大嘘じゃない……イアード」

「その名前……とても懐かしいなまえだね。ごめんね、そして、ありがとう。アカネ」

 この瞬間、アカネは人という存在から、新たなベレスへと至る。
 
 しかしどんな存在であったとしてもアカネは構わなかった。
 
 運命というものを勝手に決めつける意地悪な神に対抗するためなら自身がーー悪魔となることすらも厭わず、彼女は喜んで受け入れたのであった。

つづく

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