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EP 05 炎と氷の助奏(オブリガード)02

「もー!!! あっ!! それより、ソフィはどうなの?」
「えっ!?」
「好きの話。あたし、ヒナタの話しか聞いたことがないから他の人はどうなのかなって? すごく興味があるの!!」
「いや……それはーー」
「あたしも話したんだから、ソフィも話すべきでしょ!!」
「そっ、それはまたの機会にーー」
「またって、いつ? 明日、明後日? それとも」

 いつも以上に押しの強いヤチヨの態度に、ソフィは更にたじたじになってしまう。
 今回も適当に流して終わりというわけにはいかないとソフィは観念した。

「……わかりました……何が、聞きたいんですか?」
「やった! その、男の子の好きってどんな感じなの……かな?」
「男の子の好き……ですか……?」
「そうっ! あたしは、ほら女の子の好きしかわからないから! 男の子の好きってどんな感じなのかなって」
「そう言われましても、ボクも女の子の好きはわからないので違いがわからないというかーー」
「あーそっか。えーっと、女の子の好きっていうのは……」

 ヤチヨが腕を組んで唸る。
 ソフィは、このタイミングでヒナタとコニスが戻って来ないかと祈った。
 無理矢理この話を終わらせるには、第三者が介入することが一番確実だ。

 しかし、ソフィの願いが届くことはなく、目を閉じていたヤチヨの目が開き前のめりの姿勢で話し始めた。

「あたしもヒナタから、聞いた話でしかないけど。女の子の好きは、いつもどこでも好きな人。ヒナタの場合は、フィリアだけど。フィリアのことを考えちゃうって言ってたわ」
「それは、男女関係なく大半の人はそうなのではないでしょうか?」
「? そうなの……誰かの事を考えるって事だけなら好きな人じゃなくてもない?」
「それはたしかにある、かも」

 ヤチヨが小首を傾げて尋ね、曖昧な基準に腕を組んで悩むソフィも複数の人間と恋バナをしたような経験はない。
 いや、そもそも同性とさえそのような話をしたことがソフィの経験にはなかった。
 フィリアと良く話すことはあっても、フィリアの口からヒナタへの惚気話のようなものを聞かされたことがソフィは一度もないように記憶している。
 
 いや、正しくは惚気話であったかも知れないがそれにソフィが気づくことはなかった。
 ということはそれほどまでにフィリアは自分の本音を隠すのが上手だったのだろう。

「じゃ、じゃあ……ソフィは……コニスとチューしたいって思う?」
「ちゅ……チュー!? チューって、ききききキスのことですか!?」
「声が大きいって!! 聞かれたくないだろうしあたしだって小声で聞いたのに台無しじゃない!!」
「すっ、すいません」

 急に、耳元で囁くように聞いてきた質問は、ソフィの予想を遥かに超えてくる内容であった。

「でっ……どう、なの……?」
「えっ、えーっと……」

 聞かれたソフィの顔が真っ赤になっているが、それは尋ねたヤチヨ本人もだった。ソフィに負けないほどヤチヨの顔も真っ赤になっていた。

「……」
「……」

 一瞬だけ無言の時間が流れる。
 どう答えて良いのか、どんな答えが来るのか言葉には出さずとも二人の間にはそれぞれの緊張感が漂っていた。

「今は……その……わかりません」
「そう……そっか……良かったぁ!!」

 そう言ってヤチヨが、今まで前のめりだった体を引っ込ませて椅子にどっかりと座り込んだ。

「よか……った?」
「ソフィまで、チューしたいです! なんて言われたら、本当にあたしだけ置いてけぼりになっちゃうような気がしたんだもん」
「置いてけぼり……?」
「だって、そんなことヒナタに聞いてみなさいよ。多分、真顔でしたいって言うわよ」
「それは……確かに……」

 ソフィとヤチヨが、ほぼ同時に苦笑いを浮かべる。
 ヒナタはこと、恋愛に関して言うなら直球ど真ん中の発言しかしてこない。
 それがヤチヨとソフィと違う経験の差なのかも知れないが、このような話題に関してのヒナタから羞恥心のようなものは感じたことはなかった。

 定例となっている、ヒナタ、アイン、ドライの女子会に何故か毎回参加させられているソフィが見ている限り、恋愛話に関してだけ言うなればアインよりも話の内容は強烈なものが多かった。

 その内容にドライが頻繁に顔を手で隠しながら、キャーキャー言いながらその隙間からヒナタを凝視しているなんてことも珍しくはなかった。

「でも、したくない、わけじゃないんでしょ?」
「そういうヤチヨさんはどうなんですか!!」

 殴られてばかりでは、いられないと渾身のカウンターをヤチヨへとソフィも放つ。
 しかし、ヤチヨからの返答は意外なものだった。

「したいかどうかと言うよりは……あたしはもうしてるが正しいかな」
「えっ!? えー!!!!」

 ヤチヨの発言に、ソフィがひと際大声をあげた。

「そそそそれはだだだ誰と!!!」
「えっ? サロスとフィリアだけど」
「ふふふ二人とぉぉぉ!!! ヤチヨさん!! あなた、破廉恥です! 不潔です! 男の敵です!!」
「ソフィの言っていることは、難しくてよくわからないけど。ゲームに勝ったご褒美みたいな感じでしたことはあるよ」
「げげげゲーム感覚でキスをって!! そそそそんなーーんっ? ヤチヨさん、それいつ頃の話ですか?」
「いつ頃……いつ頃かぁ……子供のころだから、学院に入るよりもっと前だと思うけど」

 ソフィは一つ息を吐くと、思わず立ち上がっていた自分に気づき落ち着いて席へと座る。

「驚かせないでください。急に子供のころの話を織り交ぜるのは心臓に悪すぎますよ」
「そんなに!?」
「そんなにですっ!」
「ごっ、ゴメン……」

 ソフィに経験はないが、話には聞いたことがある。
 年齢を重ねたからこそキスをするという行為の重さを知りはしたが、子供の頃は大人の真似事やどこからか知った知識で知り、試してみたいと好奇心でキスをするということは珍しくはないということを。

 で、あるならばヤチヨやヒナタから今まで聞いた話から考えれば、そのような事があったとしてもおかしくはないとソフィも理解した。

「あっ……でもね」
「なんですか……?」
「夢はよく見るの、誰かと一緒に居る夢」
「夢……? 夢ですかぁ……」
「露骨に興味無くすの止めて」

 表情に出ていたのかと、ソフィも反省の色を見せる。

「だって、夢の話ですよ」
「まぁ、そう、なんだけどね。ソフィは、夢だけど、夢じゃないような夢を見たことある?」
「唐突ですね……」
「あたしはね、けっこう頻繁にそういう夢を見たりするの」
「そうなんですね」
「で、その中でも印象的な夢があったの! ねぇ、暇つぶしだと思って聞いてみない?」

 そこまで言われてソフィはふと考え直した。
 普通の人の夢と言うのは、その人の願望や欲望が形になることが多い。
 その想いが強ければ強いほどそれは夢として眠っているときに見ることが多いとも聞く。
 
 更に、ヤチヨが自分にここまで強引に話をしたがることも珍しくはない。
 しかし、恋愛のことを直接的に聞いたところでヤチヨが答えることはないとも思う。

 であるならば、ヤチヨがサロスに向けている好きという感情が他の誰かと同じ好きではなく、特別な好きであるというようにならない理由。
 日々こんなにも素直に生きているヤチヨがその気持ちに対してだけ素直に自覚が出来ない原因がその夢の話を通してわかるかも知れないと考えた。
 そして、その話を通じてどこか似ているコニスのことをもっとより知ることがきっかけになるかもしれないとソフィは思ったのであった。

「……わかりました。そこまで言うならその夢の話、聞かせてもらえますか?」
「なっ、なんか言い方が気になるんだけど」
「お気になさらず。さぁ、どうぞお話ください」
「なんかちょっと怖いけど……まぁ、いいわ」

 コホンとヤチヨが一つ咳ばらいをするとゆっくりと話始めた。

「その夢はね、実はね、時々見るの。いつも同じ人が出てくるんだけど顔はいつも忘れちゃうの……それでもいい?」
 
 夢は醒めると内容を覚えていなかったり断片的にしか記憶されていない事はしばしばある。
 自分もそういうことは多々あるとソフィは一つ首を立てに振って、理解した様子を見せると手で続きをどうぞとヤチヨに促す。

「でね、あたしはどうしてかわからないけど。知らない男の子を後ろに乗っけてバイクで走ってるの」
「ふむふむ」
「それでね。しばらく走ってどこかの海岸にたどり着くの」
「なるほど」
「それでね。顔が見えないのにあたしは何故かその子がすごく寂しそうにしているのがわかって」

 ヤチヨの話を聞きはじめて、ソフィはそれがただの夢の話のようには思えなかった。
 理由はわからない。強いていうならその話ぶりがまるで彼女が体験してきたかのように感じたのだ。
 しかし、ただの実話とは違う。本人が経験したはずではないはずなのに、まるでヤチヨ本人の思い出を聞いているような感覚をソフィは覚えた。

「それで」
「それでね……あたしはわざとらしく明るく振る舞って新しい水着を見せたり、海の中に入ったり、砂でお城を作ったりするの」
「ヤチヨさんらしいですね」
「うん……でもね、その男の子は元気にはなってはくれずに何か苦しそうだったの」

 そう言うと、ヤチヨは少し寂しそうに笑った。
 ソフィは夢の中でも彼女は彼女なのだと思った。
 夢なんて、ある程度は自分の都合の良いようになるはずなのに自分の行いによってその知らない男の子が元気になることはないと彼女はわかっていたのだ。
 
「じゃあ、どうしたんですか……?」
「うーんとね……作り方とかそういう細かいのはわからないんだけど。あたしは、火で出来た小さなお花をその子と楽しむの」
「火で出来た花?」
「夢の中のあたしは、ハナビって言ってたわ」

 火で作る花、そんな摩訶不思議なものが出てくるのは確かに夢らしいとソフィは思った。
 今までのは、確かに現実寄りであったがそのハナビという存在により急に夢の要素が強くなったとソフィは思えた。

「夢の中でそのハナビをした後はどうなったんですか?」
「わかんない。そのハナビをやって二人で何かの話をしていたところで目が覚めちゃったから……でも」
「でも……」
「その男の子ね。ハナビしているときは嬉しそうに笑ってた。だから、あたしも満足しちゃってだからかな? 目が覚めちゃったの」
「……」
「ソフィ……」

 ソフィは、ヤチヨの話を聞いて少し考えていた。
 それは、自身にも経験があるような話だった。
 それは、ソフィが初めてコニスと出会ったあの夜のことだった。
 昨日、コニスと再会するまではソフィもあの夜の出来事は夢だと思っていた。
 いや、思い込もうとしていた。

 しかし、現実にはあの夜も、コニスという人物も存在していた。
 で、あるならばヤチヨが話した内容も実際にあったことなのではないかと思えた。

 しかし、ここで一つの疑問が生まれた。
 ヤチヨのその経験が本当にあったとしたのなら時期はいつになるかということだ。

 当然、ハナビなどというものは存在していないし、何よりヤチヨがバイクに乗り始めたのはヒナタと暮らし始めてからのことである。

 そう最近のことなのである。

 で、あるならば既に交流があるソフィがその話を聞いたことがないというのはおかしいのだ。
 ヤチヨは、日々あったことをほぼ必ず、ヒナタやソフィには食事の際に話している。
 些細なことは、話すことはないかも知れないが今聞いた話であるなら確実に食事に話しているからである。

「ちょっと、ソフィってば!!」

 ヤチヨの強めな語気のある言葉で、ソフィも我に帰ってきた。

「また、何考えてたの?」
「……ヤチヨさん、今はお話できませんがまた何れ、ボクの考えがまとまったら話を聞いてもらえますか?」
「えー……難しい話なら、あたしじゃなくヒナタにーー」
「ヤチヨさんに! ……聞いて欲しいんです」

 ソフィのその真剣な眼差しに、ヤチヨも大きく一つ息を吐くとソフィの方を向いた。

「わかった。でも、あたしは難しいことはわからないからね。だから、ソフィの期待には応えれるかどうかもわからないからね」
「えぇ。かまいません」

「ソフィ、できましたー」

 そう言って、コニスが少しよろよろしながらお皿を持ってリビングへと現れた。

「コニス、危ない!!」

 思わずコニスを支えるようにソフィがとび出す。
 皿を引き取りコニスを抱きかかえるような体制になる。

「コニスだいじょうーー」
「? ソフィ、どうしたんですか……」
「いや……なんでもーー」
「ラッキースケベ」
「ヤチヨさん!!!」

 コニスを抱きかかえる際、ソフィが支えるためにコニスの体に触れたソフィの腕がちょうどコニスの胸当たりの位置に添えられていた。
 もちろん無意識であるし、コニスも何故ソフィが顔を赤らめているのかも理由がわからなかった。

「コニスちゃん、大丈夫? あっ、やっぱりコニスちゃんにはこっちを持ってきて貰えば良かったわね」
「ヒナタさん、お役に立てず。ごめんなさい」
「いいのよ。夜中に、勝手につまみ食いする悪い子よりもコニスちゃんのが偉いわ」
「ヒナタ……まだ怒ってる?」
「うーん、今日のベーコン。ヤチヨのだけ一枚少ないけどそれで許してあげるわ」
「そっ、そんなぁー」

 笑うヒナタと文句をいうヤチヨの声が聞こえないくらいソフィはじっと両手を見つめて硬直する。
 コニスは何もわからず首を左右に振りながら終始不思議そうな表情を浮かべていた。



つづく


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