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139 大聖堂地下の秘密

「なるほど、ねぇ。まさか地下にある旧聖堂の更に奥底にこんな所があったなんて。地上に建てられた豪華で煌びやかな大聖堂ばかりに目を奪われていたら全く気付かない」

 杖で足元を確認しながらゆっくりと進む人影。
 その場所は封鎖されているケイヴン教の旧聖堂があった場所。
 かつてまだケイヴン教が日の目を見ていない時代に隠れて使われていたといういわくつきの場所で遺跡も同然の場所で、地上には人々が参拝に訪れる大聖堂がある。

 ここに来るまで通り過ぎた旧聖堂。長く放置されてきたにしてはあまりにも綺麗に保たれている事が不自然だった。

 真っ暗な中で歩く足音が空間へと拡がる。それにより細い道から広い場所へとたどり着いたことが分かる。

 人影はスンスンと鼻を鳴らした。その場所の空気は遥か昔の名残がそのまま残っているような気がした。

「ここね。ようやく、見つけたわ」

 彼女が指を鳴らすと足元から炎が立ち昇り辺りを照らす。
 立ち昇った炎の中から何かが現れた。

「ありがとう、シュトリーラ」

 声を掛けたその対象は掛けられた言葉に反応するでもなく自らの身体から吹き出る炎により辺りを照らし続けるだけだった。その照らされた場所を人影はゆっくりと進んでいく。

 見たものが余りにもおかしく、思わず鼻で笑う。

「ふ、ふふ……まさか、これが、イグジスタ? あはは、これじゃまるでガラクタ、壊れた玩具ね」

 最奥となる場所には壁に無造作に埋め込まれている何かがバラバラに点在していた。

「これが、バルフォードの探していた滅すべき神だと? うっふふ、これじゃもう既に滅んでいるのと変わらないんじゃないかしら?」

 大きな独り言だったがその言葉に返事が返ってくる。

「いいえ、イグジスタは来るべき日に備え眠っているだけ」

 人影はゆっくりと声のする方へと振り向いてニヤリと笑みを浮かべた。

「誰? と聞くまでもない、か」

 煌びやかでありつつも質素でもある白いローブに身を包んだ人物へ静かに問う。

「……これはこれは教皇サマ。どうしてこちらへ?」

「ネクロニアさん。どうしてこのような所へ? この場所は立ち入り禁止のはずですが」

 お互いの視線で腹の内を探り合っている事が分かる。そして、それを隠そうともせず会話は続く。

「貴女も例外ではないでしょう? こうしてここへきているのだから、私がここにいること位はあり得る事でしょう?」

 教皇は静かに溜息を吐く。何か落胆している様子で悲しそうに視線を刺す。
「私には管理者としての責務がありますので、侵入者がいれば当然様子を見に来ます」

 侵入者という言葉にピクリと肩を震わせて口の端を吊り上げた人物は興味深そうに周囲を睥睨する。

「へぇ、どういう仕組みで気付かれたのかが全く分からない。もしかしてそれが貴方の持つ力?」

「もう一度問います。貴女はどうしてこのような所へ?」

「迷い込んだ。なんて今更言っても納得はしないでしょうね」

「……貴女のこれまでの教会への行いには一同、とても心より感謝しております」

「それも全て、コレを探す為だったと言えば許してくれるのかしら?」

 指を差した先にある壁に埋まる何か。明らかに土などとは素材が異なる事が分かる。

「許すも何も、ここにある聖遺物は貴女がどうこうできるようなものではありませんよ」

 全く動じない教皇を前に堪え切れずに笑い出すネクロニアの声が反響する。

「アッハハハ、本当におめでたい事ね。聖遺物、これが?」

「世界に救いが必要な時に神が顕現する為の器、それがイグジスタ」

 なおも周囲へと響き渡る声が拡がり続ける。

「その信仰心には頭が下がる思いだわ。故に滑稽、実に愉快だわ」

 明らかに彼女は何かを知っているようだった。その何かは分からないが自分たちの信仰する神であるイグジスタへの不敬な振る舞いは許されない。

「さぁ、今ならまだ迷い込んだ、で済ませることもできます。帰りましょう」

「断るわ。ここでしなくちゃいけない事があるんだもの」

 交錯する視線にこれ以上の問答は不必要であると判断する。これまでの彼女の行いには多大なる感謝があるがそれとこれとは別だ。
 聖域を侵す者がいれば追い払わなければならない。

「そうですか。とても残念です」

 教皇の身体が微かな光を帯びていく。

「……残念なのはコチラもよ。貴女のおかげでこの場所までたどり着けたんだもの。もし、今ここで私を見たことを忘れるというなら、命だけは助けてあげるけど?」

「それは出来ない相談です。私がケイヴン教の教皇である限り、そして、この場所がケイヴン教の聖域である以上。それは不可能です」

「そうとても残念……なら仕方ないわね」

「私から逃れる事など出来ません」

「問題ないわ。逃げたりなんかする必要はないのよね……さぁ、いらっしゃい私の人形ちゃん」

 その言葉と共に地面が液体のようにドチュリと波打ってその中からどろりと何かが這い出てくる。
 現れた人物の身なりは古くはあるが決して不格好ではなく、明らかに身分の高さが伺えた。

 その顔に見覚えがあり、記憶の中で合致した名前を教皇は呟く。

「……ペトロ・ルチア・ケイブン」

「アハハハ、その反応いいわね。いつも無表情で何を考えているか分からない教皇様も人間だというその事実に心が震えるわ。うふふ、肖像画で見るのよりも少し太ってるでしょ? こっちが本物のペトロ」

「それは一体なんの冗談でしょうか?」

「冗談? 偽物だとでも思うのかしら?」

 怪しげな微笑みはこの場所の照らされ方により一層の悪意を孕んでいく。

「あり得ません。一体、何百年前の人間だと思っているのです」

「なら、どうしてそんなに震えているのかしら? 教皇である貴女がコレが本物であるかどうかを判断できないはずはないわよねぇ。彼女が持つ聖女の力を継承している貴女が理解できないはずがない」

 教皇の頬に一筋の汗が流れていく。

「もし、そうだとするなら、これは明らかなる死者への冒涜。ネクロニアさん。貴女は一体……何者なのですか?」

 暗がりで妖しく微笑む彼女の笑顔に背筋がゾッとする。人間がする笑顔ではなかった。
 その笑顔が悪意で満ち溢れている事だけは頭ではなく身体が理解した。

 目の前の人物は、存在してはいけない。錫杖を握る手に力が込められる。

 ありとあらゆる知識を汲み上げ、神話に描かれている賢者に限りなく近い存在、現代の賢者との呼び声もある教皇。
 膨大な知識の先、目の前の不可思議な出来事と同じ描写が記憶に引っ掛かり、脳裏に浮かび上がる。

「これからコイツと同じように傀儡となる者に答える必要はないわねぇ。実はこれ、まだ、誰にも秘密なのよねぇ。特別に見れて、光栄でしょう?」

 そう言って人差し指を唇に当てて悩まし気に腰をくねらせてウインクする。

 傀儡。その単語で教皇は確信を得る。

 存在しないはずの人物を呼び出した力。

 彼女の存在は間違いなく……答えに辿り着こうとした瞬間、思考を他へと逸らしてしまった直後に彼女の姿を視界から見失う。

「くっ」

 教皇は持っていた錫杖を即座に掲げようとしたが、既に全てが終わっていた。
 錫杖の最後の一瞬の発光の後、だらりと力なく錫杖は地へと落ちる。カシャンという音が鋭く周囲へと響き飛ぶ。

 ネクロニアは崩れ落ちた教皇へと近づき後頭部に手を置いていた。

「ふふ、コレクションとしては悪くないわね。マリー・ルチア・ケイヴン」

 ゆっくりと再びその瞳が開かれる。

「このままケイヴン教の事は貴女に任せるわ。これまで通り、仲良くしましょうね。教皇サマ♪」

「……」

 無言のまま、無反応のまま、その人影はゆっくりと歩いて戻って行った。

 そして先ほどから直立不動に立ち続ける人物の頬を鋭い紫色の爪で撫でた。

「貴女も、お疲れ様。数百年ぶりの外の空気は楽しめたかしら? けどもう出番は終わり。ごめんなさいねぇ、く、ふふ、くふふふふ」

 狂笑を押し殺すように、心底楽しそうに彼女は唾と涎をまき散らしながら恍惚な表情を浮かべて首を大きく振った。

「ああ、いけない。まぁだ、早いわよネクロニア。もう少し、あと少し。さぁて、バルフォードへの報告の前に……イグジスタのことも調べて帰らなくちゃねぇ。くふ、うふふ」


 ケイヴン教の中でもごく限られた者以外、誰にも知られていない場所で、また一つ、人々の楔が人知れず、何の痕跡も残さず、歪みだけを生み出し、消えていたのだった。



 つづく


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