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デザインリサーチにおけるフィールドワークの心得—共創ワークショップ「みらいのしごと after 50」(3)

KOELのデザインリサーチャーの山本です。

前回までは、山口情報芸術センター[YCAM]にて11月6日(土)、7日(日)の2日間で開催したワークショップについての記事を、ワークショップの内容や私たちが考えたことを中心にお届けしてきましたが、今回は第3弾として「デザインリサーチにおけるフィールドワークの心得」についてお話しします。

KOELではさまざまなプロジェクトでデザインリサーチを行っており、その専門家としてデザインリサーチャーがいます。KOELのデザインリサーチャーは、フィールドワークに望むにあたってどんなことを心がけて、どんなことをしているのかをお伝えできればと思います。

山口でのフィールドワークでは3人の方々を訪問したのですが、そのうちのお一人である「前小路ワークス」の清水さんにインタビューする際に、私がメインのインタビュアーとして参加しています。生き方やお仕事についての私たちが聞きたい話はしっかりと聞き、一方で思いがけない興味深い内容になれば深掘りする、といった点を考慮しながらお話を伺いました。

と、ここまで「デザインリサーチのフィールドワーク」という言葉を使ってきましたが、?な方も多いかと思いますので、まず最初にこの言葉について簡単に説明していきましょう。

「デザインリサーチのフィールドワーク」

さまざまな解釈があるとは思いますが、デザインリサーチとは、アイデアを生み出すために対象者が何をどうしているか(=What, How)だけではなく、その裏側にある「Why=なぜそうしているのか」に着目して調査していく行為だと私は理解しています。この裏側にある「Why」を明らかにするために大きな比重を持つのがフィールドワークです。

フィールドワークは、フィールドでインタビューや観察を行い、人々の考えや行動について深く調べるもので、対象者の現在の流行や価値観の変化、生活様式や特徴的な行動の理由などを明らかにしていきます。最大の目的は、対象者や対象フィールドについて深く知ることで、自分の思い込みや固定観念に囚われない「もう一つの視点」を自分の中に作ることにあります。この「もう一つの視点」を持って発想を広げ、新たなアイデアを生み出していきます。

フィールドワークとは、簡単にいうと「フィールドでインタビューや観察を行う」ということです。言葉にしてしまえば簡単にできそうな気がしますが、実際にやってみると決して簡単なものではありません。「なんとなくはできるけど期待する効果を得るのは難しい」と言った方が正しいかもしれません。

そこで今回は、フィールドワークの成功率をあげる(=意図した結果を得る)ためのアクションと心構えを紹介していきたいと思います。

フィールドでは頭をフル回転させる

フィールドワークで主に取り入れられる活動がインタビューです。みなさんご存知の、対象者への質問を中心にした会話で情報を取得する手法ですね。

インタビューの目的は「対象者から情報を取得する」ことです。訪問先の滞在時間は1〜2時間程度が一般的ですが、あっという間に時間が過ぎ去ってしまい「あれ?知りたかったことが全然聞けていない……」という事態になる可能性がとても大きいです。

そうならないために、大切なことが2つ。
1つ目は、対象者と対話すること。相手が話しやすい雰囲気を作ることを心がけ、一方的な質問だけで進めるのではなく、対象者が話しやすいことからインタビューを進めていきます。
2つ目が、情報を可能な限り獲得すること。そのために次のポイントを常に意識することです。

  • 自分たちが知りたい情報を時間内に余すことなく獲得できるか

  • そのフィールドワーク先でしか獲得できない情報を獲得できているか

インタビュー中には、対象者とスムーズに会話する”表の自分”と、頭をフル回転させて2つのポイントを気にしながらインタビューの進め方を考え続ける”裏の自分”とが同時に存在し、インタビューを進めていくことになります。
特に”裏の自分”が頭をフル回転させるためには、現場に赴く前の「準備」が非常に重要になります。

成功の8割は準備から——準備6つの心得

それではここからはフィールドワークの「準備」について話していきましょう。「フィールドワークの成功の8割は準備が握っている」といっても過言ではありません。と言っても、これは「準備をしっかりして、現場でその通りにやる」という意味ではありません。フィールドワーク先では予定通りに進むことはなかなかなく、状況に臨機応変に対応するためにも準備が重要なのです。

準備としてやることはリサーチテーマによって変わってくるかと思いますが、その中から代表的なもの、これは必ずやるだろうというものを6つピックアップしました。これらを順番に、前回記事で紹介した「しおり」を例にして心得を解説していきましょう。

準備① 基礎知識は広く浅く

まず最初に、リサーチテーマに関する基本的な知識を構築します。といっても全てを理解することは不可能に近いので、テーマに関わる範囲で「よく話題になっているトピック」を見つけ理解しにいきます。ここで大事なのは、歴史や人々の考え方の変化などに着目し、「狭く深く」ではなく「広く浅く」見ることです。公的機関や調査会社の発行する白書・レポートを活用して情報収集すると、信頼性の高い情報に広く触れることができるのでおすすめです。

最初の段階で広い知識を構築しておくと、フィールドワークで対象者にインタビューする際に専門用語や業界の常識などに引っかからずスムーズに対話することができ、無駄のない良質なインタビューにつながります。

みらいのしごとプロジェクトでは、高齢化社会や過疎地域に関する情報を集め、介護などの情報は違うよねと認識を共有することで、チームとしての方向性とフォーカスを定めていきました。

準備② 先端事例から未来の方向性を掴む

基礎知識を広く構築できたら、次はテーマの先端事例を見ていきます。今の先端事例を知ることで、対象者が向かっている(向かうかも知れない)未来への方向性を掴みにいくのですが、先端事例といっても実際は今(もしくはちょっと過去)であるという側面を忘れないようにしなければなりません。先端事例=未来と捉えず、先端事例から「対象者が向かうかも知れないみらいの方向性」や「既に変化しつつある未来の兆し」を掴むことを心がけます。

基礎知識と同じく「テーマに合っているか、離れていないか」「情報が古くないか、信憑性に足るか」といった点に気をつけながら事例を集めていきます。

みらいのしごとプロジェクトでは、探していたのはあくまでも”しごと”の先端事例だったので、ボランティア的な事例や単発イベントのような「しごとにはならなそうな事例」は弾きながら情報を集め、チームとしての方向性とフォーカスを定めていきました。

準備③自分なりの仮説をもつ

次に、リサーチテーマに対する仮説を立てます。仮説は思いつきやどこかから持ってきたものではなく、自分でしっかり考えることに意味があります。準備①②で関連する情報を調べたからこそ”強い”仮説をたてられるし、仮説を考えることがさまざまな事前情報を消化していく行為とも言えますね。仮説を立てることで、自分たちがどんな視点・視座から対象者を見て情報を切りとりたいと考えているのかを文章化し認識することにも繋がります。

みらいのしごとWSでは、「10年後の未来はどうなっているのか」という切り口で以下の仮説を立てています。

この仮説をチームで立てることで、自分たちがフィールドワークをどう捉えたいのか、何を得たいのかの共通認識が構築されました。

準備④ 対象者のことを知る

仮説をたてたら、フィールドワーク先の対象者のことを調べていきます。対象者に関する理解を深めるための情報源は、WEBや書籍だけでなく、FacebookやTwitterなどの発信された情報など様々です。調べていく上で大事なのは、対象者のことを全て知った気にならない、ということです。本当に事前の調査で全て分かってしまうならフィールドワークする意味がないですよね?

事前に対象者について調べることは、フィールドでしか分からないこと、対象者に会って話を聞かないと得られないことを事前に明確にするという意味があり、現場でのより濃密なリサーチに繋がっていきます。

準備⑤ フィールドワーク先での目的を明確にする

フィールドワークでは、複数のフィールド先(対象者や場所)を訪問することがよくありますが、それぞれに行く目的が同じになることはほぼありません。もちろん共通して知りたいことはありますが、AならA、BならBでしか得られない情報をしっかりと獲得しなければなりません。準備④で調べた対象者の情報とリサーチテーマに関してチームメンバーでディスカッションし、それぞれのフィールドワーク先で獲得したいこと・獲得すべきことを、全員が納得できる表現で言語化することを心がけます。

準備⑥ フィールドワーク先で情報を掴めるインタビュー設計をする

次にインタビュー設計として、対象者への質問の内容や順番、時間配分などをインタビューシートにまとめていきます。こちら聞きたいことをただただ羅列するのではなく、「その対象者から獲得すべき情報をしっかりと獲得できる表現になっているか」「対象者が回答しやすい問いかけになっているか」「会話の流れとして違和感のない順番になっているか」といった点に注意しながら、インタビューを組み立てていきます。

また、一つのリサーチテーマで複数人にインタビューすることがよくあります。そこでインタビューシートの構成を比較できるようなものにしておくと、全員に共通で聞くことと各対象者に特有の項目を把握しやすくなり、フィールドワーク全体を通した抜け漏れを防ぎ、フィールドワーク後の分析でも比較しながら進めていけるというメリットがあります。

みらいのしごとWSでは、こういった準備をサポートする目的もあって「しおり」を作成しました。しおりについて詳しいことはこちら(稲生さん記事)にまとめていますので、是非ご覧ください。

現場での時間を最大限活かす3つの心得

ここまでお伝えしてきた6つの準備ができたら、ようやく現場でのフィールドワークに臨みます。

現場に滞在できるのは多くの場合1〜2時間がせいぜいで、しかも訪問できるチャンスが1回きり、ということがよくあります。この限られた時間の中でフィールドワーク先の情報を効果的に獲得していくために、現場でやることの中から代表的なものを3つピックアップし、解説していきます。

心得① 写真は俯瞰と細部で

フィールドワークではたくさんの写真を撮りましょう(もちろんフィールドワーク先の許可を得るのが前提です)。たくさんの写真があると、フィールドワークの結果をまとめたドキュメントを作成する際に現場の様子を臨場感を持って伝えるための大きな武器になります。

ただ、この写真も闇雲に撮ればいいわけではありません。特に意識するのは「俯瞰と細部の両方の視点で撮る」という点です。撮影する時はどうしても無意識に細部の写真を撮りがちなので、少し引いた写真=俯瞰の写真を撮るように意識しましょう。例えば特徴的なモノを見つけて写真を撮る場合でも、そのモノがどういうものかを表現する「細部」と、そのモノがどういう場所にどのように置かれているかを表現する「俯瞰」の両方の写真を撮ります。撮影時に俯瞰と細部を意識することで、視点も連動してより多角的な調査が可能になります。

心得②「こんな話でよかったですか?」を目指す

インタビューに関しては冒頭でもお話ししたので、それ以外のポイントを。

基本的にインタビューは、事前に準備したインタビューシートの内容に沿って進めていきますが、対象者との会話の流れによってはインタビューシート通りの流れにならないことは多々あります。そこは気にしすぎず臨機応変に対応する一方で、聞くべきポイントの抜け漏れがないようにインタビューシートを活用しながら進めていきます。これを一人で行うのは難易度が高いので、インタビューには2人以上の複数人で対応するのが望ましいです。

インタビュー終了時に対象者から「こんな話でよかったですか?」と言われることがあります。この瞬間、私は「このインタビューは成功だ!」と心の中でガッツポーズをとってます。このセリフが出るということは、対象者が考え込まずに自分のことを自然に話すことができるような、的確なインタビュー設計&実施ができたという証拠です。こんなインタビューにするための鍵は、まさに準備が握っていると言えます。

心得③ off も取り逃がさない

また、インタビュー以外の off を逃さないのも大切です。インタビュー中の対象者は無意識に「しっかりと話そう」としているものです。インタビュー前後(特に終了後)のリラックスした状態での自然な発言に、大切な発見があることはよくあります。フィールドワーク先を離れるまで気を抜かずに、最後までアンテナを張っておくことを心がけましょう。

最後に

今回はフィールドワークの心得をお伝えしてきましたが、決してフィールドワークは型通りにやればうまく行く、というものではありません。定式化せずに、状況に合わせてフィールドに真摯に向き合う姿勢が大切です。そう言われても「実際どうやるのさ」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、そのお答えの一部が以前の記事となっていますので、こちらもお読みいただければ嬉しいです。既に読まれた方も、もう一度読むと新たな発見・気づきがあるかも知れませんので是非!

それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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