見出し画像

心疾患患者の自己リハビリ支援アプリ『みえるリハビリ』の「続けられる」デザイン

こんにちは、KOELの稲生です。昨年KOELは、NTTコミュニケーションズが提供するヘルスケアスマホアプリ「みえるリハビリ」のアプリデザインを行いました。私自身はUXデザイナーとしてこのプロジェクトに参加しているのですが、今回はその「みえるリハビリ」のデザインプロセスのご紹介を通して、KOELのデザイン事例や、社会にどのように貢献しているのかについてお話ししたいと思います。


好きな場所で、安心して自己リハビリを実現

「みえるリハビリ」は、心疾患の方がスポーツ施設や自宅等の医療機関以外の場所で行う自己リハビリ(運動)の実施と運動習慣の獲得をサポートするスマホアプリです。今年5月にAndroid版をリリースし、今年9月を目処にiOS版がリリースされる予定です。

心疾患は日本人の死亡原因疾患の第2位であり、心不全は再発率・再入院率が特に高くなっています。これまでの研究で、定期的な運動を含んだ心臓リハビリテーションは心疾患の再発・再入院予防に効果があることが確認されています。しかし、退院後の外来心臓リハビリテーションの実施率は約7%と低く、その要因の1つとして「外来心臓リハビリテーション実施施設が自宅近くにない、通院することが困難」という課題があげられます。
 
このような課題を解決するために「みえるリハビリ」は生まれました。実際に今年の5月には、横浜市との心疾患患者の自己リハビリモデル事業を開始しました。横浜市が取り組む「市内スポーツ施設等との連携」施策(注1)と連携し、「みえるリハビリ」を利用することで、参加者は横浜市が連携するスポーツ施設だけでなく、自宅でも安心して運動に取り組むことが可能となります。

モデル事業では横浜市と協力し、患者が継続的に自己リハビリに取り組める環境整備を推進

社内のスマートヘルスケア推進室が主管となってアプリ開発を進めていますが、KOELは実際に心疾患患者の行動変容を実現するためのUX/UIデザインを担当しました。

「使われる」ことで、初めて行動を変えることができる

「みえるリハビリ」では、hitoe®というNTTと東レが開発した機能素材(注2)とセンサーを組み合わせて測定したバイタルデータに基づく分析を行います。センサーで取得したデータから運動時のリアルタイムの運動強度(METs)を測定し、運動処方箋に記載された目標値と照らし合わせることができます。
この機能により、通院することなく安心して自己リハビリに取り組めるようにしています。

hitoe®︎を体に装着して、みえるリハビリとBluetoothで連携を行う

しかし、せっかく安心して自己リハビリができるようなシステムを提供しても、患者に使用されなければ意味がありません。
そこでKOELとして、運動習慣獲得のためのユーザーリサーチや体験設計と、日常的にストレスなく使用することのできるUI制作を行うプロジェクトが立ち上がりました。

このプロジェクトは、以下の3つのステップで進めていきました。

STEP1:リサーチ
STEP2:体験設計
STEP3:UIデザイン

STEP1: リサーチ——ユーザーの心の動きと行動を理解する

まず始めに、アプリの利用者となり得る、医師から運動習慣形成の指導を受けている方、計17名へリサーチを実施しました。何らかの疾患を抱えている方々の運動への向き合い方や感情についてデプスインタビューを行い、運動習慣形成のモチベーションや阻害要因となる要素をインサイトとして抽出しました。

STEP2: 体験設計——習慣をつくり出す

次に、リサーチから獲得したインサイトを基に、運動への向き合い方を軸にした3つのアーキタイプを作成し、運動時の体験設計を実施しました。アーキタイプごとに習慣化できるパターン/できないパターンを整理​し、どのように行動変容を促せばいいかを考える土台としました。

hitoe®︎を利用するユーザーのカスタマージャーニーマップの一部

さらに、医師からの指導を背景とした運動体験の中で「みえるリハビリ」が果たすべき役割をカスタマージャーニーマップで描き、各種機能とUXを結びつけました。

例えば、運動継続が苦手なアーキタイプの共通点として、通院直後は運動へのモチベーションが高いのですが、時間が経つにつれて低下してしまいます。そして通院をきっかけにまた運動への意欲を取り戻す——、というようにモチベーションに波があることがリサーチからわかりました。このままでは、参加者がいつ運動を中断してしまってもおかしくありません。この波によって参加者が運動を中断しないようにするために、通院以外でモチベーションを維持できるような体験が必要でした。
そこでみえるリハビリでは、運動目標の達成状況に応じてフィードバックメッセージを送ることで、運動の意欲が上がるきっかけを増やし、日常生活の中での運動継続をサポートしています。

また、体調が改善してくると運動のモチベーションが下がってくる、という心疾患患者の特徴的な点も見えてきました。そこで継続的に運動をしなければと思ってもらうために、運動の重要性の啓発や運動を中断することによる病気への影響等を豆知識として表示させています。正しい知識を得ることをきっかけに、病気を改善させるための前向きなモチベーションを誘発するためにこの機能をつけました。

STEP3: UIデザイン——使われるデザインを形づくる

高齢の方が多い心疾患患者が自ら主体的に、健康でポジティブにリハビリテーションに取り組めるような機能と情緒を両立したUIを実現しました。UIデザイナーの工夫をいくつかご紹介したいと思います。

まず全体として、高齢の方にも使いやすいUIを意識しています。文字サイズや色の視認性を高めることは前提として、そもそもスマホに全く慣れていない方の利用を想定し、丁寧な誘導を心がけました。当初の「みえるリハビリ」はウェアラブルデバイスを用いる特性上、機器との接続設定などのオンボーディングが複雑になっていました。操作に戸惑いオンボーディング時点で離脱してしまっては、目的の運動習慣獲得まで辿りつきません。

 そこで、プログレスバーを表示して残りの手順がどれくらいかをわかりやすく、次の手順で行うことを前もって予告・説明することで唐突感をなくし、オンボーディングでの離脱を無くすよう工夫しました。

オンボーディングは操作の難しさと多さから途中で諦めてしまわないよう、
UI面での工夫を盛り込んだ

特に、機器の接続を行う際に表示されるスマホのシステム側のダイアログは、スマホに慣れていない高齢の方にとっては、いきなり見慣れない表示が現れ「何か間違ったことをしてしまったのではないか?」と不安を感じることが予想されます。この不安を取り除くため、ダイアログが出てくる手前で、ダイアログ表示の予告と操作手順をあらかじめ説明する画面を加えました。

ウォークラリーの画面は柔らかく楽しい雰囲気に仕上げている

また、ウォークラリー画面も運動を継続してもらうための工夫を凝らした画面となっています。運動を可視化するアプリはどうしても運動の成果を見せるために数字やグラフなどが多くなり、少し硬いイメージになりがちです。そこでウォークラリー画面では運動後の達成感や運動の楽しさを感じてもらうために、軽やかな水彩タッチのイラストを背景に置き、息抜き・リラックスができるページにしています。

それら配慮の結果、一つ一つのページを改修し、作成した画面数は400画面以上にのぼります。

前向きな世界観をグラフィックで表現する

そのほかにも、アプリアイコンやイラスト、横浜市とのモデル事業にあたり患者向けに配るチラシ等の作成もKOELが担当し、「みえるリハビリ」の世界観の統一を図っています。

ビジュアルの世界観については、心疾患患者が運動をしたくなるようなデザインにしています。色味は、男女ともに使用していただけるようニュートラルな色味かつ健康的で前向きなイメージを感じさせる色にしました。

ロゴのカラーや最小サイズ、使用禁止例などを細かく制定した20ページのガイドラインも作成

ロゴやイラストにもUIデザイナーの様々な工夫があります。ロゴは「みえるリハビリ」の「みえる」にかけて目をイメージしたロゴになっています。先ほどは高齢者が多く使用することを前提としたアプリ設計のお話をしましたが、実際には多様な心疾患患者の方が利用する可能性のあるアプリです。ですので、多様な年齢の方が見ても違和感がなく、若々しさの感じられるようなイラストになるよう、人物の体型や表情を細かく調節しました。
またイラスト全体の世界観として、病院の中でリハビリをしている感じにせず、自然の中でウォーキングをしているようなイメージにし、前向きでフレッシュな印象を与えられるようにしています。

アプリストアに掲載するスクリーンショットは、UI画面に加えイラストを用いることで、みえるリハビリの世界観を表現

日本のヘルスケア領域にデザインで貢献する

今回「みえるリハビリ」の開発を行なったスマートヘルスケア推進室では、医療ヘルスケアを取り巻く社会的課題を解決することを目的として、他にも様々なアプローチに取り組んでいます。「みえるリハビリ」はそれらの社会課題の中でも、医療費削減のための取り組みの一環として開発されました。同じく医療費削減として、以前note記事でご紹介した秘密計算サービス「析秘(セキヒ)」 もデータの収集・蓄積・活用のために利用されています。

高齢化の進む日本では、今後もヘルスケア業界の重要性が増していくことが予想されます。KOELは今後もスマートヘルスケアをデザインで支援していくことを通して、「愛される社会インフラ」を実現し、社会に貢献していきたいと考えています。
KOELでは他にも社内の様々な部署とSmart Worldの実現のためのデザイン支援活動を行っており、幅広い領域で日本が抱える様々な課題に取り組むことができる環境です。NTTコミュニケーションズのデザインスタジオ KOELでは新たなコミュニケーション、社会インフラを一緒にデザインしてくれる仲間を随時募集しています。もし本noteを通じ興味をお持ちいただけましたら、KOEL公式サイトもぜひご覧ください。


注1:横浜市が取り組む市内スポーツ施設等との連携
横浜市では、心筋梗塞などの心血管疾患を発症した患者さんが、保険診療の治療後にもご自身が主体となって、ご自身の状況に合わせた運動の継続などに取り組んでいただけるよう環境整備、啓発に取り組んでいます。
「心臓リハビリテーション強化指定病院」を指定し、地域連携体制の構築を進め、地域の身近な場所で患者さんが安全に運動継続できるよう、市内18区のスポーツセンターをはじめとした20の市民利用施設の指定管理者及び2社の民間スポーツジムとそれぞれ連携協定を締結しました。

注2:hitoe®は、体の発する微弱な電気を読み取ることのできる特殊素材で、非金属素材でありながら生体信号を高感度に検出できます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?