見出し画像

1人酒場飯ーその12「ちゃんぽん放浪記、長崎飯店」

「長崎は今日も雨だった、全国的に雨だった」

 余計な歌詞まで付け加えたくなる梅雨の午後。思い返せば高校時代の修学旅行は確か九州福岡、佐賀で遺跡を回って、長崎巡りだったような気がする。こんな歌詞とは対照的に長崎は晴れていて、福岡の日は雨だった。


 長崎って何があるの?あまりピンとは来ていなかった若人の日、知っていたのはやっぱり食のことだけ。


 長崎名物・カステラ。ちりんちりんアイス。皿うどんともう一つ、長崎ちゃんぽん。確か長崎中華街の大箱の店であんかけが嫌だったのでちゃんぽんを食ったよな。それが初めて地方の麺を食べた日だった。うん、微かに記憶に残っているぞ。


 思い返せば関東に住んでいた時もちゃんぽんの店なんて殆ど無かったし、東北地方なんて尚更画面でしかちゃんぽんの存在を目視した事がないなんてザラかも知れないぐらいに店を見ない。

 あの有名なリンガーハットの冷食でようやく最近見かけたぐらいだ。何故こうもない存在なのか、不思議でならない。豚骨を軸にしたあのねっとりとしたスープは他の麺ではなかなか食べられない味だ。


 そう気づけば10年以上ちゃんぽんを目の前で見た事が無い時間が経っていた。どれだけアングラなんだ、地方のスターなんじゃないのか?


 そんな時、耳にしたのは渋谷で長崎を食せる店があると言う話だった。これは行かないとならないだろうよ、10年以上ぶりのカルチャーとの会合へ気持ちは固まった。

さて、ようやっと渋谷駅の複雑怪奇な構内を抜け、ハチ公前に降りてくる。いや、前回の記事でも書いたが本当にこの賑やかさは僕にとってみればかなり重い。若者、若者、若者。一応僕もそれなりだが、やっぱり苦手すぎる。奥渋谷へ隠れ家を求める大人の気持ちもよく分かる。


 そんなことは言ってもしょうがないので交差点の先の裏路地をするりするりと抜けて、ダウナーな世界へと足を踏み入れる。このあたりの方が個人的にはしっくりくるのは悲しい性。怪しい雰囲気に脚を速め、真っ直ぐ進んでいく。するとちょうど古いマンションか、ビルかが真正面に見え、ショーケースがあるのを確認する。あそこか。


 長崎との接点をようやく掴んだ瞬間だ。店の名前はストレートに「長崎飯店」。迷いの無い中華料理ですけど、長崎ですよ!と訴えかけてくる。とてもいい構えだ。


 店の中は意外と広く、縦に長い形だ。緑の壁がどことなく中華っぽい。普通の向かい合ったテーブル席もあるが、奥に並べられているのはターンテーブルだ。おお、高級中華でしか見たこと無いようなあんなターン式の立派なテーブルがあるなんて珍しい。

 しかも同時に少ない人数を捌けるように自然と相席にできるこのシステムはとても効率が良くて、周りに会社も多く急ぐ人が多いサラリーマンを待たせることのない段取りができている。


さて、一番奥にあたるターンテーブルに陣取った僕だがメニューは決まっている。長崎ちゃんぽん一本勝負!

 これは初めてこの「長崎飯店」に訪れたときの流れだが、他にも中華らしい定食もあるとご紹介したい。


 それは卵と木耳、豚肉を炒めた木須肉(ムスロ)と言うメニューだ。これもなかなかシンプルだが奥が深い料理だ。

画像1

 卵と木耳の食感の対比と中華の王道を行く真っ正直なガラ風味の強い味付け、そこに豚肉が共に重なるとシンプルが故に組み立てられた引き算の魅力に気がつくだろう。


 さて、場面を初めて訪れた時間帯に戻そう。目の前にターンテーブルがあると何故か回してみたくならないだろうか、謎の葛藤を挟んで出島の開国を待つ。
来た、青い陶磁器のような丼に入れられてやってきた、長崎の唄。白濁の豚骨スープと太めの麺と上に乗った野菜と海鮮。これが求めていたものだ、間違いないぞ。


 スープのコクは濃くてトロッとした感覚だが優しさも奥に秘めた味わい。ズルっと麺を啜れば太い麺の腰の強さと絡まる白いエキス、この力強さこそちゃんぽんにしか出せない味なんだ。

 そこに加わる野菜のシャッキシャキと、海鮮、イカも赤い蒲鉾も入っているが何と言っても牡蠣だ。予想外のスターの牡蠣が目立ってるが、全てまとまったこの一杯の海の中では些細なものだ。


 この異国の風が日本の形に纏まったのが江戸時代、文化の入国地だった長崎の特徴なのだろう。


 素晴らしい時間だった。長崎、よかね。雨なんて降らんね。一杯を飲み干し、異国の外へと出発する僕の目には確かに長崎の街が映ったように見えたのだった。


今回のお店

長崎飯店 渋谷店

住所 東京都渋谷区道玄坂2-10-12 新大宗ビル3号館-MB1

お問い合わせ番号 03-3464-0528

定休日 日曜、祝日

営業時間 ランチ 11時〜14時30分(ラストオーダーは10分前)

     ディナー 平日のみ17時〜22時

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?