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1人酒場飯ーその8「味の浪漫、釣りあじ食堂」

  日本人の食文化を語る上で欠かすことのできない食材と言えば魚介類だ。魚というものは人間にとって最も馴染み深く、広範囲で食されているもの、なのだ。


だが、世界の中でも日本人ほど魚の調理法を考えついた文化は世界でも類を見ないのではないか、といつも焼き魚を食べていると思う。干して、保存する。発酵させて、漬物のようにする。臭みを消すために薬味を組み合わせてつみれにしたり味噌を練りこんで叩いて、なめろうにしたりする。焼く、煮る、揚げる、刺身や寿司の生・・・。島国・日本だからのそういう調理の世界の引き出しの多さは唯一無二なんじゃないだろうか。


 そんな魚と付き合ってきた日本人が好きな魚とは一体何か?㈱マルハニチロ社の2017年度に行われたインターネット調査によると1位鮭、2位マグロ、3位サンマ・アジと続いているそうだ。

 だが、魚『好き』のアンケートだと様子が異なってくる。

 日本さかな検定協会という一般法人が2015年に魚介フリークにアンケートを取った結果、1位に来るのが鮭やマグロではなくアジになるのだ。2位はサバが来ている。面白いことに魚フリークはマグロや鮭ではなく、青魚に戻ってくるのだ。 ちなみに僕も青魚派だ。マグロもいいがアジには勝てん。時折無性に食べたくなる、何故だろうか、味がいいだけに。


 というわけでアジだ、アジを食べよう。美味いアジフライが食べたいのだ。

 新宿の思い出横丁をフラっと覗き歩きながら、店を選定していた冬のある日。

 居酒屋の定番の一つのアジフライをいかにして絞り込んでいくか、実に難しい選択だ。何に軸を置くかで選ぶべき店が大きく変わる。

 魚に自信がありそうな居酒屋か、はたまた揚げ物が美味いお店にも何気なく置いてあることもある。いや、産地直送の文字が躍るコの字もいいじゃないか。

 どんな人も受け入れる新宿という街柄、あらゆるスタイルの飲食店が口を開けて待っている。ここまでくると妥協したくないのが本音だ、

 アジフライ!アジフライ!アジフライ!頭の中でぐるぐるとアジとフライの文字が回遊している。末期だ。


 横丁から西武新宿駅線沿いを歩き、百人町方面へ歩いていく。どんどんと進んでいくと新宿駅は遠くに離れ、隣の大久保駅にまで足を延ばしていた。行き過ぎたか、とりあえず駅の周りを一周してみて何もなかったら新宿まで戻ろうか、駅の周りの狭い路地を攻めてみることにする。

 大久保駅の南口の陸橋をくぐって右手に歩を進め、その道の曲がり角に差し掛かった時少し気になる看板があった。『マリンポート』という看板とタイなんちゃらの看板、マリンか。その看板のほうへ進んでいくとタイ式マッサージのお店だったようだ。外れたか、と思ったのだがタイ式マッサージ店の入っているビルの1Fに置かれたクーラーボックスと定食の写真。

そして店名の張り紙が『釣りあじ食堂』。

僕は勝ったのだ、アジフライを求め続けた欲望に。よし、少し小さくガッツポーズでもしてしまった。カウンターとテーブル席が1つのかなり小さなお店だ。いざ、決戦だ。


 店内に足を踏み入れると1人呑みのサラリーマンが2名と中年のご夫婦の4人ほどが呑んでいた。どうやら店主さんが一人で切り盛りしているようだ。どうぞと、一番端の席に通される。

 何というんだっけ、寿司のクーラーみたいな透明なケース。それにどう見ても美味そうに輝くアジと丸々としたイワシが目に入る。そしてメニューへ目を移す。釣りあじ食堂の名前は伊達じゃない。

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 フライもなめろうも刺身も、焼きも完備している。他にも大まかな魚もあるし、アラカルトの揚げ物、ご飯もある。これは悩むがここは初心通りアジで押し通す。その中でも僕が気になったのは店名ままの「釣りあじ定食」だ。


 定食とは定まった中で完成された芸術品だ。「定食って何がつきますか?」店主さんに内容を探りに行く。「フライが2つに、刺身。あと小鉢ですね。」素晴らしい。即決だ。他にもアジのなめろうを選び、土台と骨組みを組み立てる。後はじっくりと待つだけだ。


 まず最初に出してもらったのはアジのなめろうだ。なめろうには何種類かのパターンがある。個人的には3種類に区別しており、こう呼びたい。身を歯ごたえを残した形でしっかりと残した「粗切り」、叩いて細かくねっとりとした口当たりと身を半々で残した「ハーフ&ハーフ」。ねっとりさを十分に出し、魚の脂と身の味を一つにまとめた「叩き切り」。まあ、これらは僕が勝手に呼んでいるだけなので気にしなくてもいいが。

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 この店のスタイルは身が大きめなので粗切りに分類してもよいと思う。なめろうは味噌と効いた薬味、魚の美味しさを混然一体にまとめ上げた1つの舞台のようなものだ。「釣りあじ」なだけあってアジの身が美味しい、これだ、これ。求めていたアジの味だ。身の歯ごたえとねっとりとした部分が綺麗にまとまるのはこの調理法でないとたどり着かないだろう。あっという間に平らげてしまって間が空いてしまう。

 こういう時は店の中を眺めるもよし、聞き耳を立てて店主さんとお客さんの会話を聞くのもまた一興。シャァアアと香ばしい音が聞き耳に入ってきた。これはフライだ、僕のアジフライだ。


 手際よく定食の形が完成し、前からお盆を受け渡される。

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ご飯に味噌汁はアオサの味噌汁。

 レンコンきんぴらとわかめの茎の部分の刺身。漬物2種にアジの刺身、そしてアジフライ。待っていた、おおこれは壮観だ。

 なめろうで味わったばかりだがアジ刺しからいこうか。うん、間違いない。こいつはいいアジだ。飯との相性は言わずと知れた相性の良さ、刺身で食う白飯は酢飯の世界とは違った格別感がある。

 わかめの茎がコリコリとアクセント、きんぴらも素朴。

 そしてメインは恋に焦がれたアジフライ、サクッと箸で切れる身の羽毛のような柔らかさと衣のバランスが良い。

 新鮮なアジに絶妙に火が通ったフライはフワッとしていてどの魚のフライにも無いような美味さを持っている。ソース?いや、醤油だ。通った道が洋食ではなく、和の世界を生きていたアジフライだ。

 そこに洋のタルタルソースを織り交ぜれば長編小説のような重厚な世界観へと作り替わる、壮大だがこんなアジフライを僕は初めて知った。
 

 小鉢、刺身、飯、味噌汁。フライ、フライ、飯。一定のリズムで定食を口に運ぶ。幸福という実感はこんな定食の事を言うに違いない。


 さて、本能のままで定食を喰らいつくしてしまったがまだ胃袋は軽い、まだ行けるだろう。壁に短冊で貼ってあったメニューに目を付ける。

 「最強アジ丼」これはなんだ?

 聞いてみるとアジフライと刺身にアジユッケを乗せた丼というではないか。頼まないと絶対に損をする。

 そして横にいたお客さんと店長のやり取りの中で今日のいわしは丸々太っていておいしいと誘い玉があるのを覚えていたため、2つ目になるいわしのなめろうを所望した。


さあ、第2ラウンドだ。いわしのなめろうはアジに比べると脂があり、味の違いを楽しめた。そしてメインのアジ丼がやって来る。確かに丼だ。

 フライと刺身、ユッケ。そこに黄色い黄身が待ち受ける。真ん中の黄身を潰して丼と上の刺身たちを混ぜてここからラストスパートだ。刺身とユッケ、卵によってまとまってアジ丼がより一層華やかになる。

 濃い味ユッケとアジの持つ旨味、取りまとめる黄身の味。フライも加わって厚みの増した多重曲奏に打ち震える。欠けていた何かがピタリとはまった気分だ。

 
 終わってみれば走馬灯のような時間だったが、アジの力強さにすっかり翻弄されてしまっていた。店主さんは毎日アジを釣りに行くそうだ。アジの魅力をずっと伝えて行って欲しい。というよりももっと日本人にこそ青魚の持つ力を感じてほしい。表通りに向かって夜の喧騒を貰った力で回遊していく冬の夜だったーーー。

今回のお店

釣りあじ食堂

住所 東京都新宿区百人町1-15-4

電話番号 080-3364-0829

営業時間 

ランチ 12時〜14時
夜   16時〜22時

定休日 土曜日

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