『山と海と君と』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年9月28日(再放送:10月2日)オンエア分ラジオドラマ原稿)
「言うべきだよ、はっきり好きだってね」
山頂で僕の友人ははっきりそう言った。
「やっぱりそうかなあ」
「当然さ」
彼の言葉はいつも端的だ。
「多分、分かってると思うんだ、彼女も僕の気持ちを」
「そうかもしれない」
僕は友人に誘われて山に登った。
彼はよく一人でも山に登っている。
彼と山に登るのは初めてだった。
その山の頂上からは海が見えた。
頂上まで登って綺麗な海を眺めながら、彼の淹れてくれたコーヒーを飲んでいると、僕は自然と彼にいろんな話をしていた。
「でも、言うべきだよ。彼女もきっと待ってるはずさ」
そして彼は続けてこう言った。
「征服すべきは山の頂上ではなく、自分自身だ」
「誰の言葉だい?」
「登山家のエドモンド・ヒラリーさ。登山家は山に登ることをよく人生に例える。たくさんの名言を残してるし、饒舌な登山家は多いんだ。ひとりで山に登っているから山を降りたときはたくさん喋ってしまうのかもね」
そう言って彼は気持ちよく笑った。
彼も饒舌な登山家の一人だ。
「こうやって山に登って海を眺めていると、なんだかちっぽけなことに思えてくるな、自分の生活や人生なんて」
「そうかもしれない。でも、愛だけはそんなことないさ。愛は山よりも崇高だし、海よりも深いんだ」
「誰の言葉?」
「僕の言葉さ」
彼はコーヒーを片手にけらけらと笑った。
数日後。
僕は彼女と浜辺を散歩した。
「僕は君のことが…」
波の音。
「君のことがずっと前から…」
波の音。
「…いま、なんて言ったの?」
波の音。
「結局、言えなかったよ」
山頂にいる僕と友人。
「仕方ないね」
僕はまた彼と山に登った。
「自分の能力以上の山は選ばない。山はそんなに簡単な世界じゃない。無茶は死に直結する。ある登山家の言葉だよ」
彼はコーヒーを飲みながら優しく僕にそう言った。
「うん」
僕は小さくうなづいた。
そして海を見ながら彼に言った。
「でも水面を見ているだけじゃ、海を渡ることはできないって気付いた。僕の言葉だ。今度はちゃんと伝えるよ。波の音に消えない大きな声で」
ふたたび波の音。
「僕は君のことが好きだ」
おしまい
※こちらの小説は2021年9月28日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20210928210000
※こちヨロは土曜日13:30~14:00でも火曜日の放送をREPEAT放送でお届けしています。