『テキーラの香り』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年10月5日(再放送:10月9日)オンエア分ラジオドラマ原稿)
彼女と別れた9月、
僕はスマホに入っている彼女の写真を全て消去した。
(バーにて ♪フランクシナトラのSeptember in the Rainが流れている)
バーのカウンターに座ってバーボンを飲みながら、
10月になってからも忘れられない彼女との思い出を、
記憶からも消去しようとしていた。
男「マスター、もう一杯」
マスター「同じもので?」
男「ああ」
飲んでいるバーボンがアーリータイムズじゃ、忘れられるわけもないかもしれない。
名前の意味は古き良き時代。
女「いつもの」
そういってライムグリーンのワンピースを着た女性がカウンターに座った。
ちょうど僕も同じライムグリーンのネクタイをしていた。
彼女はそれに気付くと僕を見て微笑んだ。
ほどなくして三杯目のアーリタイムズを飲み干し、
僕はその女性に話しかけた。
男「なにをお飲みですか?」
女性はグラスを掲げて僕を見て、
女「テキーラよ」
といってグラスに入った残りのテキーラをひと口で飲み干した。
(♪ナンシーウィルソンの「I Thought About You」が流れ始める)
男「テキーラですか」
女「飲みます?」
男「いえ、あまり」
女「飲んでみます?」
男「なにを飲めばいいんだろう」
僕は彼女に誘われるままテキーラを口にした。
女「テキーラは香りを楽しむお酒よ。決してダーツに負けたときにひといきで飲み干すものじゃない」
男「たしかに、とてもいい香りだ」
女「アガベだけで作られたプレミアムテキーラは絶対に悪酔いしないの」
男「アガベ?」
女「テキーラの原料、これよ」
といってカウンターに置かれた小さな多肉植物を僕に見せた。
鋭く尖った緑の葉は放射状に広がり、いかにもメキシコ原産の植物に思わせた。
男「テキーラってこれから出来てるんだ」
アガベ100%のテキーラは自然な甘みとフルーティさがあった。
女「アガベはテキーラの原料として収穫されるまで5年以上かかるの。だからこの一杯に5年の歳月を感じながら味わうの」
5年前のこと。
別れた彼女と出会った頃だった。
女「一杯目は5年前のことを思い浮かべながら、二杯目は5年後のことを思って、そして三杯目はいまこの瞬間を感じながら」
いまこの瞬間。
ライムグリーンのワンピースを着た素敵な女性と一緒にテキーラを飲んでいる。
そして彼女に恋をしてしまった。
アズ・タイム・ゴーズ・バイが流れている。
5年後。
とあるバー。
男「いつもの」
僕はカウンターの中にいる妻に言った。
妻は微笑んでそしていつものプレミアムテキーラを僕に出してくれた。
女「はい、あなた」
僕は彼女と結婚をして、彼女はテキーラバーを始めた。
これから5年後も10年後も15年後も、
僕ら夫婦はカウンター越しにテキーラを語り合うだろう。
おしまい
※こちらの小説は2021年10月5日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20211005210000
※こちヨロは土曜日13:30~14:00でも火曜日の放送をREPEAT放送でお届けしています。
※オンエアでは違う楽曲を挿入してアレンジしたバージョンをお届けいたします。
~追記~
2013年から放送を続けてきた「こちらヨーロッパ企画福岡支部」は、毎年放送時期を4月~9月、ときに10月以降も放送する年もあったイレギュラーなレギュラー放送で実施してきて、今回のイシダカクテルで250話を迎えることができました!感謝です。聞いているほうが少し恥ずかしくなり、思わずツッコミを入れたくなるような恋愛話、それが「イシダクテル」です。今後も何気なく続きます。何気なくツッコミを入れていただきつつ笑いに変えて楽しくなっていただければと思います。
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