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上野へ、奈良を感じに コレクション展 /東京藝術大学大学美術館

 タイトルからして変態的な香りを醸しているが……藝大美術館のコレクション展の話である。
 今回のテーマは「雅楽特集を中心に」。昨年、開会前に中止となってしまった「雅楽の美」展のリベンジ+αといった趣の収蔵品展だ。雅楽器や舞楽の装束、舞楽を絵画化した作例に加えてその周辺、とくに仏教美術によく目くばせがされた展示であった。
 展示室の最初は、歌舞音曲・芸能を司る「伎芸天」のコーナー。入ってすぐにどーんとそびえるのが、伎芸天の造形化された例として最も著名な竹内久一の彩色木彫《伎芸天》。加飾の細緻さや彩りにまず目を奪われるが、色と模様の氾濫を破綻なく、品位を損ねずにまとめあげている技量も大きな見所だ。この1点のみ撮影可能で、パシャパシャ撮る人が続出していた。
 「彩色のあざやかな女性(の姿をした)天部像」といえば浄瑠璃寺の吉祥天が思い浮かぶものだが、吉祥天が現在も収められている厨子の観音開きの扉はここ藝大に所蔵されている。扉絵の弁財天は伎芸天と同じく芸能を司り、外見も似通っているため今回も展示されていた。吉祥天同様、いま描かれたかのようなあざやかさを保っているが、れっきとした鎌倉仏画。奇跡的なコンディションである(なお、浄瑠璃寺の厨子の扉には現在、藝大生による模写がはめこまれている)。

 楽器を手にして「奏でる」みほとけとして、供養菩薩に関する展示も充実。高野山の国宝、このほど修理に入った《阿弥陀聖衆来迎図》の原寸模写や東大寺大仏殿前大燈籠扉の音声菩薩の模造品(木彫)で、「奏でる」みほとけの姿を確認。こういった精巧な模本・模造品の活用は藝大らしい。
 もちろん、藝大には美術教育の参考品として集められた“ホンモノ”の古美術品もたくさんある。古代の幡足裂(ばんそくぎれ)には、楽器を奏でる菩薩が描かれている。奈良博「糸のみほとけ」展で類品が全国から集められていたが、あのとき以来、幡足裂が出ると知ればその展示に行きたくなるようになった。今回も、じつはそうであったりする。

 舞楽と同じく仮面を着けておこなう仏事「来迎会」にまつわる一角も。お面をかぶって阿弥陀聖衆来迎のようすを演じるこの行事は、奈良の當麻寺と東京の九品仏浄真寺がそれぞれ東西を代表している。
 ここでは《當麻寺縁起》の模本、當麻寺伝来の鎌倉期の菩薩面、尾形月耕が九品仏浄真寺の来迎会の盛況を描いた大幅を展示。来迎会だけで、これだけの内容が組める。藝大、なんというお蔵の深さだろう。
 なかでも、月耕の大幅が珍品でおもしろい。境内に設けられた橋の上を阿弥陀如来以下菩薩たちが蓮の花びらを散らしながら練り歩くのだが、橋の下に集まる黒山の人だかりには散華を獲らんとして我先にと群がる者、仏事などおかまいなしに談笑する者、飯を食らうことに没頭する者も見受けられる。手を合わせて拝む者もいるにはいるが、画面左端で目立つのは食べ物を提供する出店と歌舞伎小屋ののぼり……信仰と娯楽が渾然一体となり、庶民の活気に溢れた往時の来迎会のありようが、たいへん興味深かった。

 ほかにも、わたしのなかではちょっと伝説的になっている昨年の大阪市美「天平礼讃」展に出ていた、天平美人を描いた和田英作《野遊び》との思いがけない再会もできたし、《絵因果経》まで。
 雅楽の展示とは言いつつも仏教美術の充実が目を引き、さらに奈良にゆかりの品も多い展示であった。満足な気分で会場を出た。

※浄瑠璃寺は行政区分上は京都府だが、文化圏としては奈良でよいと思う




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