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秘仏・馬頭観音と新しい宝物殿 /奈良・大安寺

 奈良に行きたくて仕方なくなって……とうとう奈良に行ってきた。
 目指すは、大安寺。

 昨年1月から3月にかけて、東京国立博物館で「大安寺の仏像」という特別企画が催された。天平の木彫仏7体(いずれも重要文化財)による出開帳だったが、この展示にはお出ましにならなかった同種のお像が、大安寺にはもう2体いらっしゃる。毎年3月に開帳される《馬頭観音立像》(重文)、10月から11月にかけて開帳される《観音菩薩立像》(重文)である。
 この《馬頭観音立像》を拝見することが、訪問の第一の目的。

 さらに昨年4月、大安寺では宝物殿がリニューアルオープン。東博の展示だって、そもそもは改築に充てる費用を募るための勧進だったのだ。
 新築成った宝物殿の様子も、ぜひ拝見してみたかった。なぜなら、末席の末席ながら、わたしも出資者に名を連ねているからである……

 出資といっても大それたことはなく、クラウドファンディングで1口分を協力したまでの話。それでも「貢献できた」「輪に加わることができた」といった手ごたえ、連帯意識のようなものは、じつにお気軽な手段ではあるけれど得られたのだった。

 クラファンのリターン(返礼品)は、大安寺の拝観券と、副住職・河野裕韶(ゆうしょう)さんの著書『大安寺の365日』(西日本出版社)だった。「券の有効期限のうちに、うかがわねばな」ということも、今回の訪問理由のひとつではある。
 券だけでなく本のほうもカバンに入れ、旅のお供として読み返した。

 帯にあるように、裕韶さんは異色の経歴をもつお坊さん。そして30代後半とお若い。お寺とは無縁の大阪の一般家庭に生まれ育ち、就職先だった奈良の地銀・南都銀行で大安寺の娘さんと職場恋愛、婿入りして仏門に入った。
 語り口はやわらかく、読みやすく、ためになる本だ。境内で裕韶さんにお会いできるかもしれないのも、楽しみだった。

 さて、大安寺。
 近鉄奈良駅からバスに乗り、15分少々。JR奈良駅前の通りを南下していくと、その名も「大安寺」というバス停に至る。
 どこの地方都市にもありふれたバイパス沿い、まるで古寺らしからぬ雰囲気だが、バイパスを逸れて歩いていくと、だんだんそれらしくなってくる。奈良は、古仏や古建築がもちろんよいが、その途中や端っこにある何気ない風景もまたよい。

大安寺の門

 受付で券を出し、まずは特別開扉中の秘仏《馬頭観音立像》(重文)を拝観すべく、境内奥の「嘶(いななき)堂」へ。

中央が大安寺の嘶堂。「馬」頭観音だから「いななき」である

 《馬頭観音立像》は、こんなほとけさま。眉をひそめ、歯をきつく噛みしめた憤怒の形相だ。「静かな怒り」といった趣。
 馬だけに、心なしか面長とも思えるいっぽう、「馬頭」といいながら、後世の作例のように馬の頭を頂いてはいない。髻(もとどり)を高く結い上げるのみの、原初的な姿をみせている。
 あらゆる厄災を食べ尽くすという馬頭観音。胸飾に巻きつく蛇も、同様の意味をもつ。どっしりとした体躯に、安心してすがりたくなるお像である。

 続いて、本堂を拝観。
 ここにはもうひとつの天平の木彫仏にして本尊の《十一面観音菩薩立像》がいらっしゃる。こんなほとけさまだ。

大安寺の本堂

 毎年秋の御開帳だが、御簾の目の前まで行くことができ、また両脇のお大師さまには御簾が掛かっていなかったため……見えてしまった。
 でもいつか、御簾のない状態で正面から拝んでみたいものだ。

 東博に出張に来ていた残る7体の木彫仏は、新宝物殿に収められている。

 厳密にいえば、「新築」ではなく「増改築」。中央の瓦屋根が鉄筋コンクリート造の旧宝物殿であり、そのなかに7体が並ぶ点は以前と変わりない。旧宝物殿には、免震や調温・調湿の機能を付与する工事が新たに施され、そのまわりを囲むように増築された形だ。
 増築分の左手側には、大安寺の歴史をパネルと映像で振り返る展示スペースがあり、7体の天平仏がいらっしゃる旧宝物殿へとそのまま接続する。右手側には各時代の古瓦や風鐸の展示、往時の大伽藍を3DCGで追体験できるコーナーが。
 旧宝物殿の内部では、昨年の1月以来となる7体のみほとけとの再会を果たした(写真は、以下のサイトをご参照。四天王像は1体だけ掲載)。

 やはり、みずからの「家」にいらっしゃる姿は、東博で感じた以上に安らかに映ったのだった。
 3月というのに暑い日だったけれど、宝物殿のなかはひんやり。お香が漂うなかで、しばし涼んだ。

 ——本を書かれた副住職さんらしき方は、境内にたしかにいらっしゃったけれど、お仕事中とみえたので、遠くからそっと見守るにとどめた。
 旅先で、そんなにせかせかと、がっつくこともなかろう。ここは大いなる安寧の寺・大安寺でもあるのだから。

大安寺に向かう途中、畑に菜の花が咲いていた


 ※東博の展示のレポート(全2回)



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