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前田利為 春雨に真珠をみた人 /目黒区美術館

 このあまりに美しい名前の展覧会は、加賀百万石の前田家16代当主・前田利為(としなり、1885~1942)が収集した近代美術コレクションを紹介するもの。
 展覧会名は利為が「蜘蛛の巣に宿る雨粒を写真に収め、アルバム台紙に「綾真珠」と記したことに由来」(ホームページより)。昨年春の時点で年間スケジュールにあったのは現サブタイトルの「前田家の近代美術コレクション」のみであったが、こんなメインタイトルがつくとは、いやはや。

 ルノワールの小品《薔薇》は、同じく昨年春の時点で1点だけ画像つきで掲載されていた作品だった。古美術だけでなくこんなものも持っているのかと楽しみになって、すぐにスケジュールに書き込んだものだ。
 正式なタイトルとともに詳細が解禁となって、他にも西洋画が少々と日本画の大作が多々、なによりフランソワ・ポンポンの彫刻、しかも代表的なシロクマの作品が含まれていることに驚かされた。さすが前田家、お蔵が深い。

 この展覧会でおもしろかったのは、もと飾られていた場所を具体的に思い浮かべながら鑑賞ができたこと。出品作が実際に飾られていた邸宅は、東京・駒場の「旧前田侯爵邸」。現在もほぼ全容が残っており、一般公開もされている。
 前田邸を最初に訪ねたのは、上京したての頃。きっかけは酒井美意子さんの自伝『ある華族の昭和史』だった。マナー講師・評論家としてテレビ出演などもしていたという酒井さんは、利為の長女。彼女が生まれ育ったご実家こそ、この前田邸なのである。高校生の時分、胸をときめかせながらこの本を読んだものだ。本の記述を思い返しながらの前田邸拝見は、今でいう「聖地巡礼」にあたるものだった。
 それゆえ前田邸の印象は非常に強く、間取りまでがありありと思い出せる。今回の目黒区美術館では、これはあの部屋かな、こっちはあそこかななどと飾られているようすを想像しながら作品を鑑賞することができ、ことのほか楽しかった。

 そういえば先日、それに近い経験を平塚市美術館でもしていた。「新収蔵品展 国際興業コレクションを中心に」。戦前に国際興業グループが開業した高級ホテルのフロアや客室を飾るべく一括購入された絵画が、このたび平塚市美術館に寄託されたのだという。
 たしかに、客室に飾れるほどのサイズの小品、しかも明るい絵が多い。そして制作年代はホテルの開業年に集中している。そのホテルは短期間で廃業してしまったので、前田邸とは違って残念ながらそのホテルに行ったことはない。したがってホテルの室内空間に関しては「記憶にございません」状態なのだが、室内の写真などを通してそういった背景がわかると、額縁の外に豊かなイメージが広がっていくようで興味が尽きない。

 前田邸には洋館に加えて和館も残っている。展示作の大観、観山などの軸はいずれも大幅で、ふつうの寸法の床にはとても掛からない。ところが、前田邸の大きな床の間を知っていれば、この点も納得がいくのだ。
 同じ目黒区内にある前田邸とセットで訪ねれば、さらに楽しめる――そんな展覧会であった。


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