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惜別の美術館@東京:3

承前

 ——首都圏を離れたての筆者による「別れが惜しいミュージアム」。
 前回のポストは無料情報を多く載せたからか、非常に伸びがよい……みなさんそれぞれやりくりをして、ミュージアム・ライフを送っていらっしゃるのだなと感じる。
 思えばコロナ禍のあたりから、美術展の観覧料は右肩爆上がり。2020年秋の東京国立博物館「桃山―天下人の100 年」が一般2,400円で、当時はずいぶん驚いたものだ。現在では、それに迫る料金帯が上野や六本木ではなんら珍しくなくなっている。
 光熱費の上昇、とりわけ海外案件であれば輸送費の高騰などもこれにはからんでいるし、本来はそれくらい価値のある娯楽、いままでが安すぎたという意見も支持できるけれど、10年前の平穏さに比べれば隔世の感がある。
 そんな点も踏まえつつ、もう数本。


■高いけど、払う価値はある

岡田美術館(神奈川・箱根)
 いわゆる「観光地価格」というのは、美術館にも適用される。
 東洋美術の殿堂・岡田美術館の入館料は、2,800円也。非常に強気だが、展示面積はデカく、点数はとにかく多く、作品はどれもが気を抜けない一級品で、一日あっても観きれない。館内には足湯施設があるが、浸かっている暇もないくらい。

ポーラ美術館(神奈川・箱根)
 箱根には、大小さまざまな美術館がある。東洋美術の岡田美術館に対して、西洋美術全般をカバーするのがポーラ美術館。入館料、2,200円也。
 国内有数の西洋美術コレクションに日本の近代美術、最近では現代美術にも力を入れる。光あふれる建築も美しい。じっくり堪能していると、箱根の他館や観光地に行く時間はまずなさそう。
 東洋古陶磁にもいいものがあるので、もっと活用してほしいなとは思う。


■行きづらいけど、行く価値はある

箱根美術館(神奈川・箱根)
 箱根登山鉄道の強羅駅から出ているポーラ美術館行きの無料送迎バスは、箱根美術館の目の前を素通りしていく。強羅駅上の急坂に面しており、バスなどなく、ポーラ以上に行きづらい。
 その名が示すように、箱根に数ある美術館のなかでも古株の箱根美術館は、熱海のMOA美術館の姉妹館というか、母体になった館。縄文土器から中世古窯、桃山茶陶、肥前磁器、京焼、近代の板谷波山まで、日本の古陶磁を通覧できる、なかなかにシブい展示内容である。
 苔庭が絶品で、美術館本体よりも有名。紅葉シーズンには毎年多くの人で賑わう。

とても広い苔庭。紅葉の状況は、館のSNSでお知らせしてくれる


大川美術館(群馬・桐生)
 東京から桐生までは、日帰りの小旅行に持ってこいの距離感。JRの駅から徒歩15分ほど、坂を登っていく。
 登りきって入館したら今度は下へ、連なる小部屋を巡っていく。もとは社員寮というユニークなつくりの私立美術館で、主に近代絵画・彫刻の佳品が拝見できる。
 松本竣介、野田英夫に関しては日本一のコレクション。腰を据えて絵と向き合う至福の時間を求めて、何度も桐生詣でをしたものだ。
 美術館の下の平地には繊維産業で栄えた桐生の街が広がり、街歩きも楽しい。重要伝統的建造物群保存地区。ストールやマフラーなどのおみやげも。

桐生名物・ノコギリ屋根の織物工場



museum as it is(千葉・長南町)
 上の2つは行きづらさに個人差がありそうなものだが、ここはほんとうに行きづらい。ざっくりいうと、房総半島の真ん中、山の中にある。
 東京・目白にかつてあった伝説的な店「古道具坂田」。その店主にして、『芸術新潮』連載の「ひとりよがりのものさし」でもおなじみの坂田和實さん(1945〜2022)による小さな美術館である。
 坂田さんの美意識を物語るモノとして、よく引き合いに出されるのが、使い古しのコーヒーフィルターや雑巾。分け隔てなく拾い上げられた品々が、館内のあちこちに静かに置かれている。ミニマルな小品建築は、中村好文の設計。
 筆者は、四方懸造りの重文・笠森観音から山道を縦走して訪問。そこから帰るのにはひと苦労だった。車があるとよい。


■行方が気になる

多摩美術大学美術館(多摩センター)
 サンリオピューロランドの脇には、2023年3月まで多摩美大の美術館があり、現代美術から『非水百花譜』、仏像まで、さまざまな展示がおこなわれていた。東北の伝承切り紙を紹介した「東北のオカザリ」(2014年)や「須藤一郎と世界一小さい美術館ものがたり」(2020年)が印象深い。
  「リニューアルオープンに向けて準備中」とのことだが、移転先を含めて明らかにされておらず、発表と再開館をずっと待っている。

講談社野間記念館(目白台)
 椿山荘と永青文庫のあいだに、講談社の創業者・野間清治の邸宅を利用した美術館があった。近代日本画が主で、講談社の出版物掲載の原画なども。
 老朽化のため建て替えというが、旧来の建物はそのまま残っている。出版不況や、建築資材の高騰が関係しているだろうか。こちらも、待ちわびている。

霞会館記念学習院ミュージアム(目白)
  「皇族が通う学校」として、世間的にはおなじみの学習院。皇族のほか、その御学友となる旧華族の子息もOBには名を連ねており、寄贈品やゆかりの収蔵品が数多くあるいっぽう、収蔵・展示ともに十分といえる施設はなかった。
 来春、満を持してミュージアムがオープン予定。村野藤吾設計の旧図書館が、どのようにリノベーションされているかも見どころ。

荏原  畠山美術館(白金台  旧・畠山記念館)
 2019年3月からの長い休館期間を経て、茶の湯美術館の雄・畠山記念館が帰ってくる。企業名(荏原製作所)の一部を冠し、活動内容のとおりに「美術館」へと看板を掛け替えて……
 畠山即翁みずからが設計に関わった、茶味あふれる旧館の展示室が懐かしい。どんな空間になっているだろうか。
 いよいよ、10月5日にオープン。上京時、観に行くのを楽しみにしている。


 ——といったところで、わたしの「惜別の美術館@東京」を、ひとまず終えるとしたい。
 本日最終回を迎えた朝ドラにかぶせるわけではないが……さよなら、またいつか。



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