絵のなかの散歩 港区浮世絵さんぽ /港区立郷土歴史館
東京メトロの白金台駅から地上に出てすぐ目に入ってくる、堅牢重厚なタイル貼りの建築。わたしはこれをてっきり東京大学医学部の施設だと思いこんできたが、正しくは「公衆衛生院」という国立の組織の建物で、隣接する東京大学医学部とは直接の関係はないのだという。
昭和13年築のこの近代建築が「港区立郷土歴史館」として再オープンしたのが2018年11月。2年半を過ぎてようやくの初訪問となった。
じつのところ、今回の訪問は近隣の東京都庭園美術館と目黒区美術館を訪ねるついでであったのだが、開催中の企画展「港区浮世絵さんぽ」が期待以上によかったので紹介したい。
現在の港区に属する地を描いた浮世絵版画を、初代の広重あたりから開化絵を経て近代の新版画まで見せていく本展は、つまりは当ブログでいうところの〝清き一票〟に連なるテーマ。
郷土資料館の展示ということで、こぢんまりとした展示だろうと高を括って臨んだのだが、どっこい、90点弱すべてが浮世絵版画、資料的なものは皆無、しかもすべてが館蔵品。キャプションやコラムも充実していた。
「江戸の入り口」こと高輪大木戸にはじまり、スポットごとに紹介。第2章のタイトルどおり、この港区内には「海も山もある!」し、第3章のテーマになっているように、増上寺など重要な寺社もある。東海道だって通っている。画題には事欠かないのだ。
日頃、江戸の面影を求めて都内をうろついているわたしにとっては、おなじみの地も多かった。清正公、愛宕山などはつい最近行ったばかりだ。愛宕山の男坂、通称「出世の階段」は、画中では大変な急勾配になっているが、この描写があながち絵空事でもないことをわたしは実体験として知っている(立身出世を望まないわたしは、この階段を登る行為を「時間と体力の無駄」と判断し、迂回路のゆるい坂を下った)。このように、現地へ行ったときのことを思い浮かべながら〝臥遊〟する愉しみが満載であった。
話題の「高輪築堤」を描いた開化絵も展示されていた。先般、発掘調査によりその一部が見いだされた高輪築堤。ニュースでも盛んに取り上げられるようになったあの図である。それにしてもこの高輪築堤、いつ見られるだろうか。見られる前に取り壊されないといいのだが……
広重の《名所江戸百景》や巴水など、鑑賞性の高い名品にもコンディションのよいものが多々。図録は出ていなかったが、あったら欲しかった。
「港区浮世絵さんぽ」の名のとおり、展示を通じてそのなかに描かれた区内の地への散歩へといざなう展示の趣旨は、「郷土」の名を冠する館としての面目躍如といえるだろう。企画としてはありがちでも、中身のしっかりとした展示だった。
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