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鎌倉の愛染さん

 門前に居を構える者にとって、中山法華経寺の境内は格好の散歩コース。大伽藍の閑散とした佇まいを、わたしはこよなく愛している。
 千葉の大寺院といえば誰もが成田山新勝寺を真っ先に挙げるけれど、中山法華経寺だって負けていない。あくまで指標だが、成田山の国指定文化財は重要文化財2件。法華経寺には国宝2件、重要文化財6件。圧勝である。

 さておき、重文6件のうち4件が建造物で、東京近郊ではまことに貴重な中世建築が2棟もある。
 四足門もそのひとつだ。

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 この門は室町期という早い時期に「鎌倉の愛染堂」から移築されてきたものという。
 わたしはてっきり「鎌倉・鶴岡八幡宮の愛染堂」からだと思いこんでいたが、正しくは「鎌倉の愛染堂」。市川市が出している文化財ガイド『いちかわ時の記憶』もこうなっていて、他のサイトもならっている。
 ウェブと軟めの本の参照では「下調べ」程度にしかならないとはいえ、この段階で推測されるのは「“鎌倉の愛染堂”が具体的にどこのお寺のお堂か、はっきりわかっていないのでは」ということ。判明していれば、ぼかした書き方にはならない。

 わたしの思い込みは、五島美術館の展示室にいつもいる《愛染明王坐像》が、もとは鶴岡八幡宮寺愛染堂の本尊であったことに由来する。
 桃山展のときも、愛染さんはやはり定位置にいた……というか、展示のテーマにかかわらず、いなかったためしがない。五島に来館した回数だけ、この愛染さんに会っていることになる。馴染みの顔なのである。

 愛染堂は、大銀杏脇の大石段を登りきった左手側にあった。
 広大な敷地にはほかにも「鶴岡八幡宮寺」の仏堂が林立していたが、明治期の廃仏毀釈や火災によって消滅。愛染堂もいまはなく、跡地はお守りなどの授与所になっている。
 鶴岡八幡宮寺は鎌倉屈指の大寺。「鎌倉の愛染堂」とあれば、とくに断るまでもなくここを指していた可能性もある。
 いっぽうで、鎌倉にはほかにも古い愛染明王像を伝える寺がいくつかあって、これら覚園寺、浄光明寺、青蓮寺の各寺院や、各像がもとあった寺院も「鎌倉の愛染堂」の候補として上がってくる。

――これ以上のことは、安楽椅子探偵風情にはわからなかった。引き続き調べていくので、どうかご容赦を。現地に足を延ばしてみれば、あるいはなにか発見があるかもしれないことでもあるし……

 そういえば、元・鎌近で開催中の展示がよさそうだった。

 口実は、十分にできた。
 中山の地から、四足門がやってきたルートとは逆をたどって……いざ鎌倉。

 ちなみに。
 五島美術館の《愛染明王坐像》のレプリカが、伊豆の下田にいる。
 伊豆急下田駅からロープウェイで数分。寝姿山山頂の「愛染堂」である。
 このレプリカがなかなかに精巧で、薄暗いお堂のなかで線香の煙を介せば本物と見紛うばかり。なにより、解説板には「レプリカであること」が明記されていない。強調されるのは「恋愛成就にご利益」ばかり……
 このお堂は「法隆寺の夢殿を模して3分の2のスケールで」建立したものとのことだが、なぜ夢殿を模して内部に愛染明王を安置したのか……このあたりの脈絡のなさには、昭和の観光地らしいおおらかさを感じさせる。



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