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クレーや紫紅や非水 所蔵作品展 MOMATコレクション:4 /東京国立近代美術館

承前

 少し飛んで、3階の10室。
 大きめの特集展示が開催される部屋で、今回は恒例の「美術館の春まつり」。なんだかんだで毎年来ている気がする。
 もう5月というわけで、皇居のお濠沿いの桜はすっかり葉桜だったけれど、こちらには間に合った恰好。
 東近美のコレクション展示は、特別展の会期に連動している。特別展「重要文化財の秘密」は、年度またぎでの開催であった。

 例年ならばこの部屋に出ている川合玉堂《行く春》は、重文指定を受けている。そのため今年は1階で公開中。春まつりには不在だ。
 昨年と同じ位置で展示され、《行く春》の留守を守っていたのが、菊池芳文《小雨ふる吉野》。

 春雨に濡れそぼつ、花の吉野。山深く、霧立ち込める遠景の描写から右隻がはじまる。左へ進むにつれ徐々に近景となり、画家(われわれ)の立っている位置がわかってくる。その視点は「ダイナミックなパノラマ」的なものではあるが、芳文はあくまで詩情豊かに、しっとりとこの景色を描ききっている。
 左隻の端では、手を伸ばせば届くほどのところに桜が迫る。
 花びらのひとつひとつが、盛り上げの着彩。桃山頃の古画には胡粉を型押しした花の描写がみられるが、あの種の同一パターンの繰り返しとは一線を画す、筆による丁寧な仕事である。
 それでも技巧を誇るようなところがない、細部まで奥ゆかしい絵。わたしはこの絵に出合うのが、毎年とても楽しみなのである。

 杉浦非水《非水百花譜》からは、春や、これからすぐの季節に咲く花を抜粋して展示。
 一度、《非水百花譜》の植物を季節ごとに分類してみたことがあるが、やはり四季を均等にとはいかず、春が多めだった。春だからこそ、成り立つ企画といえそうだ。
 細緻な観察眼、描写力、刷り・彫りの技術を堪能。
 国立工芸館所蔵のこちらのセットは、すべて初版。初版の板木は関東大震災で焼失しており、2版以降は初版の木版画から起こしたものである。関東大震災から100年めということも、企画の背景にはあるだろうか。

 ※《非水百花譜》については、過去のこちらの投稿で2回分書いた。


 ——コレクション展示は、けっして特別展の「ついで」や「おまけ」ではなく、そのために足を運ぶべき価値のあるものだ。
 そんな認識を新たにした一日であった。



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