美術館の展示室にて……朝ドラ「らんまん」を思う
10月に入り、NHKの朝ドラは「ブキウギ」に切り替わった。
大阪局らしいテンポのよさで毎朝楽しませてもらっているが、前作「らんまん」の余韻も、まだまだ尾を引いている。
最終回の直後に、東京ステーションギャラリーで「春陽会誕生100年 それぞれの闘い」を観てきた。じつは、この展示のなかに、「らんまん」を感じさせる絵がいくつかあったのだ。
厳密には……というか、そもそもまったく関係のない絵なのだが、旬を逃すといけないとも思い、ここに報告することとしたい。
小学校中退の経歴をもち、基本的に在野の立場をとる主人公・槙野万太郎(神木隆之介)に対して、物語では終始、アカデミズムや権威主義の高い壁が立ちはだかる。
その権化として、前半はうどん県副知事……じゃなくて要潤演じる田邊彰久(矢田部良吉がモデル)、後半は田中哲司演じる徳永政市(松村任三がモデル)という、ふたりの東大植物学教室の教授が登場する。
徳永教授の自室でのシーンでは、壁に自らの肖像画がみえる。徳永の権威性や自己顕示欲をシンボリックに、視覚的に示す小道具といえよう。
オフショットが、こちら。
劇中でこの肖像画をみて、即座に思い浮かんだのは岸田劉生《近藤医学博士之像》(1925年 神奈川県立近代美術館)だった。「劉生のあの絵は、松村任三を描いたものだったかな?」とすら、考えたくらいである。こちらも、本展の出品作。
しかし、こうして見比べてみると……劉生の絵は、劇中の肖像画とは似ても似つかず、役者さんご本人のほうにはよく似ている。
どうやら、わたしのなかで、3つの顔をめぐって記憶の混濁が起きていたらしい。「他人のそら似」である。思い込みとは、げに恐ろしいもの……
それにしたって、劉生の絵と役者さんとは、服装も含めてよく似ている。劉生の絵を掛けたほうが、違和感がないかもしれない。
前回お伝えしたように、東京ステーションギャラリー「春陽会誕生100年 それぞれの闘い」展のトリを務めたのは、点描表現で知られる岡鹿之助だった。
6点が並ぶなかに、《山麓》(1957年 京都国立近代美術館)があった。
冬の張りつめた空気のなかに佇む、瀟洒な洋館。背後の斜面に沿って走る送水管や手前の水路から、この洋館が水力発電所の施設であることがわかる。
戦前につくられた発電所には、このように、一見こじゃれた洋風の意匠をもつものが多々ある。そして、岡という画家は、他の画家があまり描こうとしなかったこの特殊な風景を好んで絵にした。
モダニズム建築の発電所を描いた《雪の発電所》(1956年 アーティゾン美術館)、変電所を描いた《雪の変電所》(1964年 西宮市大谷記念美術館)など。雪を介して自然と人工物が溶けあう姿に、おもしろみを感じたのであろう。
送水管に水路、そして瀟洒な洋館をもつ発電所……このような古きよき水力発電の風景は、わたしの故郷・仙台にもある。
明治21年(1888)に日本初の水力発電が行われ、いまなお現役の三居沢(さんきょざわ)発電所である。
上のリンク先で言及されているように、仙台で生まれ育った人にとっても、三居沢発電所は「知る人ぞ知る」存在である(県民カルタの札にはなっていた気がする)。
けれども、日本の電気の歴史にはその名が確かに刻まれた三居沢という場所は、また別の分野でも、歴史にその名を残している。
牧野富太郎による、新種のササの発見地としてである。
名を「スエコザサ」という。
「らんまん」では、毎週のタイトルを牧野博士が発見・命名した植物の名から主にとっており、最終週のタイトルが「スエコザサ」だった。
牧野博士が、愛妻・壽衛(すえ)を想ってつけた「スエコザサ」。ドラマとは異なり、現実の壽衛は、この学名が世に出る頃にはすでにこの世の人ではなかった。
仙台という土地の関係もあって、放映前からスエコザサのエピソードを知っており、ドラマではどのように描くのだろうと気になっていたのだが……たいへん美しい改変であった。あっぱれ。
ちなみに、牧野富太郎が槙野万太郎となっているように、「らんまん」では基本的に実際の人名を使わず、音や漢字をもじった架空の名前としているけれど、植物のほうは、実際の名前をそのまま使っている。「エール」(2020年上半期)でも、古関裕而は古山裕一と読み替えられながら、古関の作曲した歌はどれもそのままだった。
そのようななかにあって、寿恵子(浜辺美波)だけが同じ「すえこ」という読みになっていたのは、スエコザサのエピソードを生かすためだったのだろう。壮大な伏線回収ともいえる。
——いつにもまして散漫な話となってしまったけども、「らんまん」の熱が冷めやらぬうちに、書けてよかった。
※「ブギウギ」劇中で主人公が口ずさむ「恋はやさし野辺の花よ」は「ひよっこ」(2017年上半期)でみね子たち乙女荘の面々が合唱した曲(ただし邦訳の歌詞は異なる)であるし、「証城寺の狸囃子」は「カムカムエブリバディ」(2021年下半期)の記憶が新しい。わたしも、ドラマを観ながら一緒に口ずさんでいる。
とくに後者に関しては、同じ大阪局の近年の作品ということもあり、オマージュの意図が強いだろう。スタッフもかぶっているであろうから、セルフパロディか。稔さんのいる神社が「ブギウギ」で再度ロケ地として登場したことでもあるし……
※要潤さんは「まんぷく」で売れない画家・忠彦さんを演じていたイメージが強いし、「美の巨人たち」にもよく出演しているから、美術ファンとしては親しみやすい存在。