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最後の浮世絵師 月岡芳年展:5 /八王子市夢美術館

承前

 美人画の揃い物《風俗三十二相》は、「形容詞+さう(そう)」をテーマに、女性たちの暮らしのワンシーンを切り取ったもの。
 背中にお灸を据えられた女性を描いて《あつさう(熱そう)》、和傘を差して雪中を往く女性を描いて《さむさう(寒そう)》といった具合である。

 この図はどうだろうか。
 下にスクロールしていただくと、作品名が出てくる――そう、《むまさう(うまそう)》。
 見よ、このふっかふかの大ぶりな海老天! 重量感や熱さまでが、134年もの時を超えて、こちら側にも伝わってこないだろうか。ほんとうに「うまそう」だ。
 一尾つまみ上げて、「あら、やっぱり重たいわ。たまんないわね」とお嬢さん。口許に添えたその左手は、「うふふ」の手か、「じゅるり」の手か……いずれにしても、彼女はなんとも嬉しそうで、これからすぐに出合えるであろう味覚への期待感に満ちあふれている。
 食べる。
 その直前の、ある意味でいちばん「うまそう」ともいえそうな瞬間を、芳年はじつに巧みに捉えているのだ。
 浮世絵に描かれる女性たちの顔を見ていて、これほど「表情」や「感情」を感じることも少ないのではと思われる。ここに描かれた女性たちには、たしかに血がかよっている。

 《うるささう(うるさそう)》は最もよく知られた一図で、本図録の表紙も飾っている。
 箸が転んでも笑う、年頃の小娘のきゃんきゃんぶり。
 でも、「うるさいくらい元気そうだなあ」と感じるのは、本人ではなく見ているこちら側、あるいは絡まれている猫であろう。その意味では、著名な図でありながら、シリーズ中ではちょっとだけ異色の作となっている。

 こういった、ひとひねり加えた視点がときおりあるところもあいまって、作品名を予測して言い当てる楽しみ方が、このシリーズにおいては際立ってみられたのであった。
 視点を移動させる順序をふだんにも増して「作品→キャプション」とし、右上の題箋も見ないようにして自分なりに考えたのちに、答え合わせをするのである。
 タイトルになっているのはどれも、現代でも用いられる簡単な形容詞。おおむね当てられて、当たらずとも遠からずだったのだけれど……洋装の女性が菖蒲の花咲く水辺を悠々闊歩する図のタイトルだけは、なんとも難しかった。
 正解が気になる方、こちらのリンクからどうぞ。(つづく




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