見出し画像

世田谷さんぽ 九品仏浄真寺:2

承前

 大きな墓地を歩いていると、思わぬ発見があって楽しいものだ。
 すなわちわたしには掃苔(そうたい)趣味のケがあるのだが、九品仏浄真寺の脇にも広い墓地があるとは気がつかなかった。
 突っ切れば進行方向に抜けられそうだったこともあり、墓石が居並ぶ一角を適当に左折すると……視界に黄金の人物像が現れ、腰を抜かしてしまった。
 石に座り、片膝を立てて不敵な笑みを浮かべる、ボンバーヘッドの男性。一瞬、沖縄の元世界チャンピオンかと思ったが、あの方はご存命だ。
 墓碑銘には「ロッキー青木」とあった。アメリカで成功した実業家の方。名前くらいは聞いたことがあるな……

 ロッキー青木さんの衝撃冷めやらぬうちに、そのはす向かいに気になる墓石を発見。
 「五島」さんのお墓だ。この界隈で五島さんといえば、もしや……
 そこはほんとうに、五島慶太のお墓だった。
 東急グループの創業者にして、これからわたしが目指す五島美術館のコレクションを蒐めたあの五島慶太である。手を合わせてごあいさつをした。

 五島家のお墓のさらに先には、奈良・桜井の石位寺の石仏をそのまま写した墓石もあった。誰のお墓かまではわからなかったが、古美術がよほどおすきな方だったとみえる。みずからの墓石にしたくなる気持ち、わたくしにもよくわかる。
 結局のところ墓地から先へは抜けられず、回り道となってしまったのだが、そんな行き当たりばったりも休日のひとり散歩ならではか。

 気をとりなおして、墓地とは真反対にある南門へ。
 門の手前にはたしか閻魔堂があったな……と思ったら、以前わたしが目にした朽ち果てんばかりの小屋は影も形もなく、白木の香りもかぐわしいお堂が新築されていた。すし詰め状態だった閻魔様たちも、今度はゆったりと配置されている。
 この閻魔様、少々オーバーな顔つきで、知る人ぞ知る九品仏浄真寺の人気者となっている。
 新築されたお堂では、賽銭を入れると閻魔様からのありがたいお説教(の自動音声)がランダムで流れてくるシュールな新サービスが。
 こういうときにかぎって、財布に小銭がない。つくづく間の悪い男だ。
 仕方なく、他人への説教を又聞きする。思い立ったら即行動せよ、とのこと。
 気楽な独り者の散歩である。
 いつかまたこうしてふらりとやってきて、そのときに試せばよいじゃないか――そのまま門をくぐって、散歩を続行した。

(このあと、吉田五十八設計の満願寺からひんやりとした等々力渓谷の散策、野毛大塚古墳を経て五島美術館、二子玉川駅まで歩いた)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?