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テレビの中のおにいさん 【子供の頃の怖い体験】

幼少の頃に体験した、少し怖い思い出です。
当時、私は幼稚園の年長くらい。いまから40年以上前の事です。

いまではあまりないと思いますが、その頃は小さな子供を一人で家に置いてお母さんが買い物に行くといった事が普通にありました。

私の家でもお留守番は日常茶飯事で、その日も母が夕飯の材料の買い出しのため私を残して近所のスーパーに出掛けていきました。
もう夕方で空が赤くなり始めていて、傾き始めた陽が居間の畳に障子の影を落としていました。

会社勤めの父が帰ってくるのは19時過ぎ。
その時は弟もまだ産まれておらず、家には自分一人きり。
しかし、お留守番に慣れていた私は特に寂しいとか怖いとかいった事はなく母がつけっぱなしにしていったテレビの前で積み木遊びに興じていました。

テレビでは当時人気のあった幼児向け番組が流れており、帽子を被って大き目のオーバーオールを着た歌のおにいさんが子供たちに囲まれて手拍子で童謡を歌っています。
番組にさほど興味がなかった私は積み木を高く積み上げては崩したり、お城や塀を作っておもちゃの怪獣に襲わせたりと夢中になって遊んでいました。

しばらくすると歌は終わったようで手拍子も止み、お兄さんが何やら子供たちに呼びかけています。
私は手元の積み木から目を離さずにそれを聞き流していたのですが、おかしな事に気が付きました。
騒がしい子供たちの声が止んでも、お兄さんだけが同じ調子で声をかけ続けているのです。

気になった私は顔をあげてテレビの方を見ました。
瞬間、ドキっとしました。
おにいさんと目が合ったのです。
おにいさんは奥で遊ぶ子供たちには目もくれず、まっすぐこちらを向いて立っています。
満面の笑みでした。

そのままどのくらい時間が経ったか分かりません。
先に沈黙を破ったのはおにいさんでした。
ねえ君
私はキョトンとしていました。
それもそうです。
子供とはいえ、今見ているのはテレビ番組であり、テレビの中のおにいさんがこちらに話しかけて来るはずがないという事は理解できていたからです。
おにいさんは続けます。
ねえ君君だよ、テレビの前にいる君」

ここで私はああそうか、と気が付きました。
これはテレビの前の視聴者に向かって話しかけるという演出なんだな、と。
私はほっとして積み木遊びに戻ろうとしました。
いや君だよ、君
私の考えを見透かすようにお兄さんが言いました。

再びドキッとする私。
・・・ちがう、このお兄さんは自分に話しかけている、と思いました。
それをきっかけにするように、おにいさんが畳みかけます。
そう、君だよ、君
訳が分からず固まる私。
不思議と恐怖心はありませんでした。
頭が混乱していたからかもしれません。
私は、とにかく何か答えなければと焦りました。
しかし、何となくおにいさんと言葉を交わしてはいけない気がした私は自分の顔を人差し指で差しました。

すると、
そうだよ。君」
「名前はなんていうの?

と、おにいさんは続けます。
尚も無言の私に対し、おにいさんは右手を前に出して手招きの動作をしました。
こっちに来なよ
おにいさんは落ち着いた優しい声で言います。
ここで初めて恐い、と思いました。
テレビの中のおにいさんが自分に話しかけて来ているという事実、知らない人に招かれているという事実に思考が停止し、尚も固まる自分。
手招きしていたおにいさんの手が形を変え、人差し指を下に向けました。
あのさあ」
「君の家、この下に絵本をしまってるでしょう

当時のテレビは下の部分が木製の家具調の台になっていて、そこが収納棚になっているものが多く、私の家もそうでした。
小さな二枚の開き戸で閉じられた収納スペースには、私のおもちゃや落書き帳、絵本などが無造作に詰め込まれていました。
この中にさぁ、桃太郎の絵本があるでしょう

・・・あるのです。
そう、そこには桃太郎の絵本があるのです。
当時TBS系列で放送していた「まんが日本昔話」というアニメ番組のフィルムブック(番組の場面を挿絵として使った絵本)で、少し前に駅前のデパートで母親に買ってもらったものでした。

私は無言のまま首を縦に振りました。
するとお兄さんは嬉しそうに、
それさあ、僕に見せてくれない?
さらにおにいさんが続けます。
ここからその絵本を取って、僕に見せてくれない?
私は迷いました。
その絵本を手に取るにはテレビに、テレビの中のおにいさんに近づかなければなりません。
なおもおにいさんは続けます。
はやく」
「見せて見せて

急かすお兄さんに怖くなった私は、助けを求めようと部屋の中に視線を走らせました。
しかし私は一人、家には誰もいません。
改めてその事を思い出し、すぐに視線をテレビに戻しました。
おにいさんから目を逸らし続けるのは何かまずい事のように感じたのです。

おにいさんは相変わらず満面の笑みでこちらを見ています。
沈黙に耐えられなくなった私は覚悟を決めました。
とにかく絵本を見せないと・・・。そう感じた私は座った姿勢のまま開き戸の方に手を伸ばしました。
おにいさんの口が次の言葉を発しようと開き始めた時、ガチャッと玄関の扉が開く音がしました。
反射的にそちらを向く私。
母でした。買い物袋を両手に下げて廊下を横切る姿が見えます。

すぐにおにいさんの事を思い出し慌ててテレビに振り返った時、おにいさんはそこにいなくなっていました。
ブラウン管に映っていたのは、先ほどとおなじように子供たちに囲まれ歌っているお兄さんの姿。
私は訳が分からず、そのまましばらくその画面をぼーっと眺めていました。

「あら、テレビ見てたの?」
居間に入ってきた母の声で我に帰りました。
そのとき母とどんな会話をしたかは覚えていません。
しかし、私はおにいさんの事については何も話しませんでした。
この時の心境は自分でもよく分からないのですが、なんとなく誰かに言ったらまたあのお兄さんが来るのではないかという気がしたのです。
しばらくして父も仕事から帰ってきて、母の作ったカレーライスを食べました。
そのテレビで、父がいつも見ているプロレス番組を見ながら。

・・・結局、そのおにいさんがその後再び現れることはありませんでした。
私はその出来事を誰にも話すことはせず、次第に記憶の奥に押しやられていきました。

しかし、この体験を思い出した今になって思うのです。
あの時、母が帰ってこなかったらどうなったのだろうか。
あの時、絵本を取っていたらどうなっていたのだろうか。
そしてあの時、おにいさんは次に何を言おうとしていたのだろうか。
・・・と。

これが私が小さい頃に体験した不思議な出来事です。
ご拝読ありがとうございました。






お読み頂きありがとうございました。
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