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批評の文体③

 私は「近代文学2.0」としていささか真面ではない作家たちの作品についてこれまであれこれ書いてきました。真面ではないという形容は、作家と作品の両方にかかります。また「近代文学2.0」という区分けそのものが真面ではないと考えています。
 この真面ではないという感覚を具体的に説明すると、例えば村上春樹さんについて考えてもらえばいいと思います。早稲田大学を卒業して、作家になり……とその経歴や実績を私が説明するまでもないですね。兎に角今の日本だけではなく日本文学を代表する大作家です。その村上春樹さんが『騎士団長殺し』という小説を書きました。これは間違いなくベストセラーにもなり、世界中の言語に翻訳される訳です。その本は日本を代表する一流出版社、新潮社から出版されました。しかしその『騎士団長殺し』の中に「それが今では、記憶のブラックホールみたいになっている。宇宙に突然現れたとりとめもない暗い不自由な穴ぼこみたいに。」という文章が紛れ込んでいたらどうでしょう。
 これも一々私が説明するまでもないことですが、ブラックホールは穴ではなく天体です。

 村上春樹さんの作品に校閲は入らないんだよ、と教えてくれた方がいますが、「校正」は入るでしょう。新潮社に入る人なんて相当なエリートです。私なんて校正のアルバイトにも雇ってもらえないでしょう。そんなエリートが仮に三人いて、ブラックホールは穴だという意見に全員賛成したら、いや、どんな大卒だ、って思いませんか。いや、別に大学が何処だっていいんですが、特殊な環境にない限り、子供って恐竜とか宇宙とか、そういうあまり生活の役に立ちそうにないことに興味を持ったりしませんかね。それで子供の周りにこそ、そうした情報が溢れていませんか?
 で、「それが今では、記憶のブラックホールみたいになっている。宇宙に突然現れたとりとめもない暗い不自由な穴ぼこみたいに。」という原稿が印刷されますか?
 
 この不思議さが実は近代文学そのものに当てはまり、そのことを批判するために近代文学2.0があるのだとしたらとても真面なことではありませんよね?

 しかし例えば谷崎潤一郎が山奥に湖がある詩を書いても誰も何も言わないわけです。

 夏目漱石が延岡を山奥にしてもやはり誰も何も言わないわけです。また三四郎の大学の講義がいつから始まったのか定かではないのに何も言わないのです。野々宮の探し物にも気が付かないのです。

 一言で言うと、みなさん例外なく、全然読めていないのです。江藤淳は『こころ』の「私」はなんとなく先生に近づくと読みます。「私」が懐かしみから近づくことが理解できていません。

 そして奇妙なことに、『三四郎』の美禰子は銀行員と結婚したことにされてしまいます。

 それから淀見軒がアールデコ調であることの意味にも気が付いている人はいないようです。

 だから私は『行人』のあらすじが解っている人は存在しない、『道草』の仕掛けにも誰も気が付いていないという真面ではない近代文学を批評するのです。
 で、もっと不思議なのは私が「ブラックホールは穴ではなく天体です。」

あるいは、『こころ』のKは苗字ではないですよと、時と場所を選ばずにあちこちで書き散らしていることに対する周囲の無反応です。
 これが呆れるくらい反応がありません。ゼロです。
 マイナンバーカードの顔写真は顔加工アプリで修正済みでも通るので問題がありますよと政府系のサイトに書き込んでも無反応なのと一緒です。
 それでいて島田雅彦が「Kは幸徳秋水だ。あるいはキング、天皇だ」と書いているのを読んで大喜びするのですから呆れます。
 結局ほとんどの人は「何が書いてあるか」には興味がなくて、「誰が書いたか」ということに意味を感じているのではないかと思います。つまり「ひろゆき」さんが「マイナンバーカードの顔写真は顔加工アプリで修正済みでも通るので問題がありますよ」というまで、政府は何も反応しないということでしょう。

 今のこの状況が真面なものではないことが明かなので、私にできることは、限定されています。とにかく自分が違和感を覚えた点を掘り下げ、より具体的に、繰り返し書く、ということに尽きるんじゃないかと思います。できるだけ難しそうな言葉は控えて、謙虚に、具体的に書く。それでもどこにも届かないかもしれないけれど、命の続く限り書き続けるしかないのかなと思っています。

 さてはお前ら、本買う気ないな?

  買わないとあんなことになるよ。あんなこと。

はいはい。

お前もか。

 そんなことはない。「津田の顔には苦笑の裡に淡く盛り上げられた失望の色が見えた。」鏡でもありましたか?

 そんなことはない。「決別」は自分の意思、実際は勘当に近い絶縁を兄から言い渡され、新しい生活を選び取る手前で終わっている。





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