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芥川龍之介の『彼』をどう読むか② そんなパズルは解かない方がいい

「僕はこの頃僕の妹が(妹が一人あったことはぼんやり覚えているんだがね。)縁づいた先を聞いて来たんだよ。今度の日曜にでも行って見ないか?」
 僕は早速彼と一しょに亀井戸に近い場末の町へ行った。彼の妹の縁づいた先は存外見つけるのに暇どらなかった。それは床屋の裏になった棟割り長屋の一軒だった。主人は近所の工場か何かへ勤めに行った留守だったと見え、造作の悪い家の中には赤児に乳房を含ませた細君、――彼の妹のほかに人かげはなかった。彼の妹は妹と云っても、彼よりもずっと大人じみていた。のみならず切れの長い目尻のほかはほとんど彼に似ていなかった。

(芥川龍之介『彼』)

 昔は授乳は恥ずかしいものではなく、電車の中でも行われた。いやそんなことはどうでもいいのだが、私はここに何かちぐはぐなものを感じる。

・まだ一高の生徒だった僕は

 第一章にはこう書かれている。なのに第二章では、

・僕と同じ本所の第三中学校へ通っていた

 と時代がさらに過去に戻る。そして「妹」に会いに行く。旧制中学の学生の年齢は落第がなければ十二歳から十七歳だ。その妹に赤ん坊がいる?

「その子供は今年生れたの?」
「いいえ、去年。」
結婚したのも去年だろう?」
「いいえ、一昨年の三月ですよ。」
 彼は何かにぶつかるように一生懸命に話しかけていた。が、彼の妹は時々赤児をあやしながら、愛想の善い応対をするだけだった。僕は番茶の渋のついた五郎八茶碗を手にしたまま、勝手口の外を塞いだ煉瓦塀の苔を眺めていた。同時にまたちぐはぐな彼等の話にある寂しさを感じていた。

(芥川龍之介『彼』)

 最近になって私は、もしかしたら芥川龍之介だけは夏目漱石作品を読むことができていたのではないかと疑っている。芥川龍之介の『将軍』の疑義が「生かされる筈の乃木静子が殺されたこと」にまで届いていないのは明らかだ。しかし乃木大将の写真の不自然さに気が付いていたこともまた確かなのだ。

 それは芥川が一流の皮肉屋さんだからだろう。芥川は揶揄う隙をいつも探している。また『あばばばば』では月の勘定が合わないという細工を見せた。

 これが独自の思い付きであり、漱石作品の影響ではないと断定はできない。むしろ芥川ならばパズルを見つけることも解くことも当然できたと考えられる。そもそもこんなものは誰も説けないようなパズルでもなんでもないのだ。

 昨日確認したようにこの『彼』という作品の中には「ある海岸」「はるばる」「棕櫚の木」「太平洋」というパズルが仕掛けられている。芥川龍之介は小説の中にパズルが組み込まれることを知らない読み手でも書き手でもないことは明らかだ。「ちぐはぐな彼等の話」に寂しさを感じる「僕」は指折り数えることもなく、このパズルの矛盾に気が付いている。

兄さんはどんな人?
「どんな人って……やっぱり本を読むのが好きなんですよ。」
「どんな本を?」
「講談本や何かですけれども。」
 実際その家の窓の下には古机が一つ据えてあった。古机の上には何冊かの本も、――講談本なども載っていたであろう。しかし僕の記憶には生憎本のことは残っていない。ただ僕は筆立ての中に孔雀の羽根が二本ばかり鮮やかに挿してあったのを覚えている。
「じゃまた遊びに来る。兄さんによろしく。」
 彼の妹は不相変らず赤児に乳房を含ませたまま、しとやかに僕等に挨拶した。
さようですか? では皆さんによろしく。どうもお下駄も直しませんで。

(芥川龍之介『彼』)

 ここには破綻したパズルがあるだけではない。やはり得体のしれない寂しさがあるのだ。妹の夫を兄さんと呼ぶことも、十五六の娘が子を持つことも、「お下駄も直しませんで」と云うことも矛盾以上に侘しい。

 僕等はもう日の暮に近い本所の町を歩いて行った。彼も始めて顔を合せた彼の妹の心もちに失望しているのに違いなかった。が、僕等は言い合せたように少しもその気もちを口にしなかった。彼は、――僕は未だに覚えている。彼はただ道に沿うた建仁寺垣に指を触れながら、こんなことを僕に言っただけだった。
「こうやってずんずん歩いていると、妙に指が震えるもんだね。まるでエレキでもかかって来るようだ。」

(芥川龍之介『彼』)

 ロジックを見ること、パズルを解くことは誰でもできる。しかし破綻したパズルに触れながら、こんなに生々しい現実の感覚を捉えることは誰にもできる事ではない。これはまたGPT-4にはできまい。継母の娘に会いに行く。どうも「妹」ではなさそうだ。つまり実母はそもそも浮気されていたのであろう。それでも構わない。足の指先まで昂奮している。当然「妹」は「彼」に対して何の感情も持っていない。

 そんな「彼」が実に侘しい。

 一郎は父の子でない不安の中にいた。健三は捨て子であることに気が付かない。思わず妹の夫を兄さんと呼びながら、「彼」はあくまでも破綻したパズルの埒外に身を置く。

 そんなパズルは解かなくてもいい、解かない方がいいと私も思う。

 今日の所は。


違うと思うよ。

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