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koala
2019年4月23日 16:26
「あぁ、そうかも」案外素直に受け入れられた。昔の思い出したくないこともあったし、出て行きたかったこともあった。でもここに戻ってきたのは自分だ。誰に強要されたわけでもない。この囲まれた優しい場所に、どこかで私は望んで戻って来た。ここで彼に出会って、そして悟にも再会した。悪いことばかりじゃない。寒かった宮島の海も、今の季節ならきっとあたたかい。だってあそこも、今目の前にある凪いだ海と同
2019年4月18日 21:41
「ここらで降りてみる?」 悟に言われて車を降りる。ガードレールの隙間に、海に降りる小さな階段があった。枯草で埋まっている石段を、慎重に踏みしめながら降りていく。 近くでのぞいてみると、海の水は透明だった。波の間に、底の方までちゃんと見える。 「助けが必要だなんて思わなかったんよ」 悟がもう一度言った。わざわざ中学のことを持ち出して文句を言われるなんて、「何を今さら」と思って
2019年4月17日 14:09
橋の手前で悟は車を止めた。小さな駐車場でトイレ休憩を済ませて、少し周りを歩く。橋の向こう側には、これから渡る島と海が穏やかにたたずんでいる。あのハワイの海よりも、透明に近いような青だった。「なんでここは嫌なん」悟が急に聞いてくる。「ここ?」「地元。いつも言いよるじゃん」地元が嫌だと悟に直接言った覚えはない。悟はここしか知らないのだから、めったなことは言えない。だけど悟はなんとな
2019年4月13日 12:02
彼女が東北に帰ってしまうなら、二人の別れは近いかもしれなくて、私にとってはチャンスだった。そう気が付きながら、何も行動出来ないまま、ある日彼に転勤辞令が降りた。東京本社への復帰だった。「ご栄転おめでとうございます」「おめでとう」支社のみんなに囲まれて、花束を持ち、これまでで一番うれしそうな笑みを浮かべる彼を、私は遠巻きに眺めていた。その瞬間も、しっかりと切り取ってしまった。東京に彼が戻
2019年4月6日 16:51
いつの間にか車内で流れていた、スピッツの曲は止まっている。はっと目を開き車の外を眺めると、田んぼを抜けてもう山の中を走っていた。ときどきトンネルがあって、それを何度か抜けると小さな集落があった。地方のどこにでもある、ガソリンスタンドと、小さな電器屋、郵便局とスーパーだけがあるような町だ。「なあ、運転はせんの?」悟が聞く。「え? しないけど」「ここらの道、あんま知らんみたいじゃけぇ」
2019年4月3日 16:59
彼と最初で最後のデート。宮島行きフェリー乗り場から見える冬の海は、どんよりとして、そう綺麗とは言えなかった。それでも彼は「海の匂いがする」とはしゃいだ。「こっち来て観光してなかったから」フェリーの上で、彼はじっと向こう岸を見ていた。私は海風が寒くて、ダウンの胸元をぎゅっと握った。船内に入りたかったけど、彼の嬉しそうな顔を見ると言い出せなかった。私にとっては、宮島のフェリーは何度も乗ったことの