見出し画像

シナリオ①

はじめに

 「なんで俺たち別れてしまったんやろね」

 目の前の女性にそう言って、唐揚げの丸皿に手を伸ばす。彼女の名前は、のん。この居酒屋は、のんが紹介してくれた。店内は和のテイストで溢れ、入り口には鯉が泳ぐ、小さな水槽があった。まさに居酒屋の概念をひっくり返すような、非常に落ち着いている店内だった。

 彼女が紹介するお店は、どこも料理が美味しかった。大学生の時に鹿児島で行った焼肉屋、古風居酒屋、ラーメン屋。とにかく僕の舌に合う店ばかりを、のんは紹介してくれる。

 今回の居酒屋も大当たりであった。

 「ほんと。なんで別れちゃったんだろうね。」

 そう言いながら、彼女も自分の箸を止めようとはしなかった。彼女もこのお店の料理に夢中だった。

 そして2人の会話は、いつの間にか高校時代にタイムスリップしていた。僕たちが通っていた高校は、県内屈指の軍隊学校。男子は制帽を被って登校し、通学路で帽子の有無を監視するような教師がいるような環境だ。校則や体育の授業は、とにかく厳しかった。

 そんな高校生活も、3年間が全て嫌だったわけではない。体育大会でリレー選手に抜擢されたり、イギリスへ2週間のホームステイを経験したり、大好きな野球を3年間続けたり、この3年の充実感は計り知れない。

 そんな青春時代真っ盛りな高校時代で、ひときわ輝く思い出がある。それは、のんと過ごした時間だ。改めて考えると、なおさらに感じる。僕たちは、漫画のワンシーンのような恋をしていたのだ。シナリオ通りならば、僕たちの恋人という関係は未だに続いているはずだった。

 そう、今後も絶対に忘れることはないであろう。あれは高校3年生の夏。地元にある図書館での出来事が始まりであった。

続く


 


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?