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たられば

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完結済みです。「死とは?」これは「何でも屋」と「高嶺の花」の物語。フィクション小説です。
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たられば<あとがき>

残存   2026年、4月1日。2人の住み家では、シュンの携帯がなおも鳴り響いている。    アヤは事件後から眠り続けていた。  病室からは、大きく気高い桜の木が見える。その花びらたちは、自分の役目を終えたように、次々に舞い散っていた。  病室のテレビでは、総理大臣が感染症の終息を発表している。  地球は、世界は、国内は歓喜に満ち溢れた。人類の悲願が、やっとの思いで達成されたのである。  世間とは対照的に、彼女が眠る病室には重い雰囲気が漂っている。そこでは、大人

たられば<最終話>

はやとちり  2025年、12月。  「そんな、、、、。」  シュンは現実を受け止め切れない。  対照的に、世の中は宴だ。テレビはこの時期特有のBGMと共に、ファストフードを宣伝する。各家庭では外出自粛の中でも、飾り付けの準備に追われていた。キリスト教徒でもないくせに。  通り魔の被害者は、案の定アヤだった。彼女はなんとか一命をとりとめるが、脳死と判断される。キセキが起きない限り、回復は見込めないというのが医者の見解であった。     それから4ヶ月後。2026

たられば〈9話〉

生きる意味  「うそだろ」  液晶画面は、自分がプレゼントした腕時計を映し出す。シュンは驚きを隠しきれず、一目散に家を飛び出した。  雪の影響で滑りやすくなっているにも関わらず、階段を1つ飛ばしで降りて行く。自動ドアのロビーで一時停止するも、そこからは全速力で事件現場へと走った。      走ること10分、シュンの体から季節外れの汗が大量に噴き出す。  「あと少し。」  自分を奮い立たせた瞬間、アヤと過ごした思い出がシュンの頭の中を巡った。 出会いはシュンの

たられば<8話>

手遅れ。  「もう出てけよ。」  2025年、11月。外では雪が降っている。もうシュンは我慢の限界であった。  彼の声により、部屋の温度は一気に低下する。もう床暖房も効かないくらいだ。  「えっ、、、、、」  予想外の出来事にアヤは後退る。彼の声がやけに冷たかったため、尚更彼女は混乱した。      ここ1ヵ月、2人の間で喧嘩が絶えなかった。喧嘩というより、アヤが一方的に怒り狂い、シュンは謝罪を繰り返す。そんな日々が続いていた。  気晴らしに外出でもできれば

たられば<7話>

蟻の関係  「なぜなのよ!!」  それは2025年10月。シュンとアヤが婚約を決め、2か月が経過した頃である。  アヤは大きく口をあけ、眉間にシワを寄せる。この日はいつもと違い、2人の巣には彼女の声が響き渡った。  同棲を始めて3年が経つ。一般的に言えば、今まで喧嘩がない方が不思議であった。これは乗り越えるべき壁なのかもしれない。      「ごめん。ごめん。気をつけるから。」  シュンはアヤを恐れつつも、その細くなった目を見て謝罪した。  「2回もいらない

たられば<6話>

前兆。砂嵐と張り紙 2025年、8月の夜。  「話があるんだけど。」  シュンは自分の手を後ろに回し、アヤの背後から声をかけた。  この時2人が同棲して3年が経過していた。  「なにー?」  家事を終えたアヤはソファーに座り、ニュース番組を見ながら口だけで返答する。  1日の終わりはニュースで締める。かつてバリバリのキャリアウーマンであった彼女には、このように捨てきれない習慣がいくつかあった。  その番組では、家の近所で起きた通り魔事件の特番をやっていた。まだ感

たられば<5話>

あたりまえ神話  2023年、某月。  「おはよ!シュンの好きなカレー作ってみた!!」  重い目を開けると、キッチンにはアヤが立っていた。驚きのあまり、シュンの目は一気に覚めあがった。その日は2人が同棲して、1年が経過していた。    感染症の影響により、2022年にアヤの会社は倒産。自宅待機中、何度も正気を取り戻しては病んでいくアヤの心は、倒産と同時に一気に落ち込んだ。  一方シュンの会社は、事業をITに変換しなんとか生き延びることができていた。そこでシュンはア

たられば<4話>

giverとtaker 2020年5月。 「これが収まったら同棲しよう。だから大丈夫。俺らなら大丈夫。」 真夜中の2時、電話越しでシュンは必死にアヤを励ます。 それは2人に自宅待機命令が下され、2ヵ月が経過していた頃である。   この年の初め、世界では感染症が大流行した。国内には観光客が消え、町には人が消え、飲食店・観光業など多くの業界は休業を余儀なくされた。その他の会社員たちは、在宅勤務や自宅待機。世界の医療従事者は、昼夜休まず患者の処置にあたった

たられば<3話>

プレゼント 「ごめーん!!!待った?」  2019年12月。その日も、アヤのキャリアウーマンぶりは健在であった。  1時間の遅刻でアヤは到着する。聖なる夜を祝うために、シュンとアヤは、2人が出会った駅前で待ち合わせしていた。  駅前は幻想的な光に包まれ、辺りは幸せそうな男女で溢れている。  「いや全然!!」  シュンはここでも自分を殺す。殺すというより、これが彼の持ち味であり本心なのかもしれない。実に優しい男性だ。    そして予約した高級レストランへ光の道を歩

たられば<2話>

全ての始まり 2019年5月、東京。  先月28歳になったばかりのシュンは、今日も満員電車という戦場へ足を踏み入れた。彼の身長は165cm。いつも通り高価でも安価でもないスーツを着用。ブサイクではないが、イケメンとはほど遠い顔立ち。  彼の仕事は営業である。仕事成績はチームで平均的な順位。さほど高くないし、さほど低くない。部署では、頼まれたことは何でも引き受ける「何でも屋」としての地位を確立していた。  ビジネス的な実力はまだ身につけられていなかったが、同僚からは優しい

たられば<1話>

準備 2026年、4月1日。  携帯のスヌーズ、テレビのおはようタイマーで嫌々目を覚ます。渋々カーテンを開けると、途轍もない勢いで光を浴びた。どうやら人間たちの功績を太陽が称えているようである。過去5年間を振り返れば、それもそのはずだ。  猫背で腰パンという、何とも覇気のない態度で洗面所へ向かう。  ほうれい線の深さ、でこの広さ、頬シミの多さ、鏡を見て自分が中年男へと着実に向かっていることを悟る。次に来るのは体臭のきつさだろう。未来に希望なんて、これぽっちもなかった。