見出し画像

たられば<5話>

あたりまえ神話


 2023年、某月。

 「おはよ!シュンの好きなカレー作ってみた!!」

 重い目を開けると、キッチンにはアヤが立っていた。驚きのあまり、シュンの目は一気に覚めあがった。その日は2人が同棲して、1年が経過していた。

 

 感染症の影響により、2022年にアヤの会社は倒産。自宅待機中、何度も正気を取り戻しては病んでいくアヤの心は、倒産と同時に一気に落ち込んだ。

 一方シュンの会社は、事業をITに変換しなんとか生き延びることができていた。そこでシュンはアヤの家に住み込み、自分の仕事と彼女の看病を全うした。

 朝はアヤより早く起きごはんを作る。その後、パソコンを開きリビングで在宅勤務を始める。そして昼過ぎ、寝室から彼女が姿を現すとご飯を食べせ精神安定剤を飲ませる。

 この薬の投与が、非常に重要なポイントであった。薬をアヤ本人に任せてしまうと過剰に摂取してしまい、その副作用に魘されてしまう。そのため起床後の彼女の言動・体調・対話から薬の摂取量を決め、シュンが徹底的に薬の管理をした。

 その結果、薬が足りずアヤが暴れだすことは日常茶飯事。時には背後から首を絞められ、死を感じることもあった。

 しかしシュンは負けなかった。日常に起きる恐怖体験に打ち勝ち、毎日献身的に彼女を支え続けた。

 

 そして1年が経過し、徐々にアヤの心も回復していった。その結果、精神病から生還し朝ごはんを作る彼女の姿が、シュンにとってはこの上なく嬉しかったのだ。

 「最近調子いいね!薬も減ってきてるみたいだし。」

 シュンは嬉しそうに話し、ダイニングテーブルに座る。めざましテレビの天気予報を、この日は心地良く見ることができた。

 「これもシュンのおかげだよ。これからは私が支えるから!」

 アヤは得意気に話すと、シュンと向かい合わせに腰かけた。

 「いただきます。」

 2人で声を合わせ合掌した瞬間、シュンの目からは大粒の涙がこぼれていた。

 やっと彼の努力が実を結び始めたのである。

 この日の朝食は幸せな空間で満ち溢れていた。

 


 「今後はこの朝が当たり前になる」

 シュンはそう信じて疑わなかった、、、

 

 

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ

 2026年、4月。

 思い出の猛威に打ち勝ったシュンは、なんとか家の外に出る。

 その瞬間、向かいの402号室からカレーの匂いがした。

 「もっと作ってもらえばよかった。」

 そう呟くと、シュンはエレベーターへ向かって歩みを進める。

 もう彼を止めることはできないようだ。

続く

※ この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

 


 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?