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たられば〈9話〉

生きる意味


 「うそだろ」

 液晶画面は、自分がプレゼントした腕時計を映し出す。シュンは驚きを隠しきれず、一目散に家を飛び出した。

 雪の影響で滑りやすくなっているにも関わらず、階段を1つ飛ばしで降りて行く。自動ドアのロビーで一時停止するも、そこからは全速力で事件現場へと走った。

 

 

 走ること10分、シュンの体から季節外れの汗が大量に噴き出す。

 「あと少し。」

 自分を奮い立たせた瞬間、アヤと過ごした思い出がシュンの頭の中を巡った。

出会いはシュンの不注意から始まった。これがキッカケとなり、アヤから告白してくれた。素直に嬉しかった。

初めてのクリスマス。予定より1時間待たされた。ピンクの時計を貰った時の、子供のように喜ぶ仕草。遅刻のことなんて吹っ飛んだ。アヤのことが愛くるしかった。

その後、彼女が病む度に電話越しで励ました。自分がアヤを救っている、それが自分の生きがいになっていた。

同棲してからの看病生活。苦しながらも、アヤが発する「ありがとう」に毎回涙した。

完治後のプロポーズ。結果的に逆プロポーズになってしまい、自分に不甲斐なさを感じた。しかしアヤは、指輪を無視してまで抱きついてきた。その瞬間、もっとこの子を幸せにしたいと思った。

「生かされていたのは俺の方だった。」

 

 現場に到着する。

 シュンは野次馬たちをかき分け、黄色のバッテンで交わる規制線を突破した。

 「こら!待ちなさい!!!」

 不意を突かれた警察は、シュンの後を追いかける。

 今のシュンには、常識なんて通用しない。

 とにかく通り魔事件の被害者が、自分の婚約者でないことを願った。

 しかしそんな思いも束の間、シュンは追っ手に服を掴まれコンクリートに転げ落ちた。

 倒れると同時に頭を強く打ち付けた。

 「アヤ、、、、、、」

 未だに放置されている腕時計が視界に入る。そこへ手を伸ばそうとするが、力が入らない。

 意識がもうろうしてきた。目からは涙が止まらない。

 「おとなしくしろ!!!」

 図太い声と一緒に、身体を拘束される。

 精神の困惑と頭をコンクリートに打ち付けたせいか、意識が朦朧とする。数秒もせず、シュンの視界は真っ暗になった。

 

 ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ

 2026年、4月。

 シュンは遂に屋上に到着した。

 寝起きと同じく、太陽は楽しそうにこちらに微笑んでいる。

 その眩しさにへたりながらも、一歩ずつ歩みを進める。ある程度歩くと、目の前には、転落防止の柵が現れた。

 「空気読めないね」

 耳を持たない太陽にそう言うと、彼は柵を昇り始めた。

続く

※ この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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