たられば<最終話>
はやとちり
2025年、12月。
「そんな、、、、。」
シュンは現実を受け止め切れない。
対照的に、世の中は宴だ。テレビはこの時期特有のBGMと共に、ファストフードを宣伝する。各家庭では外出自粛の中でも、飾り付けの準備に追われていた。キリスト教徒でもないくせに。
通り魔の被害者は、案の定アヤだった。彼女はなんとか一命をとりとめるが、脳死と判断される。キセキが起きない限り、回復は見込めないというのが医者の見解であった。
それから4ヶ月後。2026年、4月1日。明日はシュンの誕生日。
相変わらず元気なお日様が顔を出す。
その日、シュンは屋上にいた。遂に、転落防止の柵を越えたのだ。
アヤの親族、自分の身内、友人、同僚から彼は何度も励まされた。
「お前のせいじゃない。」
「悪いのは犯人だ。」
「運が悪かったんだよ。」
「アヤの分まで精一杯生きて行こうよ。」
「何でも言えよ。相談のるから。」
しかしそんな言葉達は、鋭い牙を立てている。シュンにはそう見えた。そして彼の心をえぐりにえぐり返した。
その結果、心は跡形もなく溶けてしまった。
もう生きる理由なんてない。
柵を越え、靴を脱ぎ綺麗に揃える。その横には家族への手紙を添えた。手紙には、彼なりの感謝の気持ちを記していた。手汗なのか涙なのか、文字は所々滲んでいた。
そしてもう1つ、ポケットから取り出す。それはピンクの腕時計。
「あんなこと言わなければ。」
時計を見るに、彼は自分の犯した罪を再確認した。
時より風が襲う。屋上の風は、やけに強い。まさに風もが彼の存在を、過去の言動を否定しているようであった。
「あっ明日誕生日だっけ、、、」
あと一歩踏み出せば死を迎える状況にも関わらず、そんなことが頭をよぎる。人間とは本当に愚かな生き物である。
「あの時もそうだ。こんな風に、先を考えていれば、、、」
もう何度目だろうか。数えだすときりがない。見えない振りした後悔が、溶けてしまった心を蝕む。泣きっ面に蜂とはこのことだ。
これが彼にとって決定打となった。
「先に待ってるから。」
シュンは風に伝言を頼む。そして鳥になった。時計を握りしめ羽ばたいた。初めてアヤと手を繋いだ日を思い出すように。
彼はやっとの思いで、「たられば」から解放されたのである。
マンションの入り口付近では悲鳴がこだまする。辺りが一色の絵の具で彩られたからだ。
それはそれは、なんとも優しい赤色だった。
※ この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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