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バイリンガル教育の困難と問題点

(はじめに)


 
冗談ですが、「茨城県の女の人はみんなバイリンガルです。なぜなら、梅林ギャルだから。」というのを聞いたことがあります。みんなバイリンガルにあこがれますよね。でも、最近、以下の3つの話を聞いて、私には、バイリンガル教育の困難と問題点について、深く考えるきっかけとなりました。以下の話題が、皆さんにも、バイリンガル教育について再考するきっかけになれば幸いです。

(1)国際結婚してアメリカに住んだら、子供たちがそれだけで日英のバイリンガルになるわけではない。


 
(とても参考になる記事)
 
「じゅんこ」さんのnote記事 
バイリンガル(英語&日本語)育児 ー>結果的にトリリンガル育児(全47本)
https://note.com/mclean0000/m/m50cd584feb54
バイリンガルになるには親と子の両方が、15年間の揺るぎない覚悟と普段の努力が必要いう話で、バイリンガルを目指す多くの両親の参考になる話です。

(2)バイリンガルになることの落とし穴


 
(とても参考になる記事)
 
今だから言える、幼少期から中国と日本を行き来した中国人姉妹の辛かったこと【本音トーク】
https://www.youtube.com/watch?v=iPGzFuxa7go
100%自分を表現できる柱になるメインの言語を一つ持たないと、自分が何人かわからない辛い悲しい経験をたくさんしてしまうという本音の話です。多くのハーフの人達から、涙が出たというほどの賛同のコメントが数百寄せられていました。安易に、子供を、数年ずつ外国にやるというのは、本当に危険なことが初めて分かりました。
 
日本で有名な俳優さんは、長男をアメリカにやって、バイリンガルにしようとしたところ、長男は英語も十分ではなく、そのうえ日本語も怪しく漢字もよく書けない青年になってしまいました。そのことを、その俳優さんはテレビで長男を非難していましたが、親の無理解のせいなのに長男さんがかわいそうでした。

(3)ウクライナ人の多くがなぜロシア語を話すのか。


 
(とても参考になるテレビ番組)
 
NHK総合、2022年5月14日午前10:30~11:15
「ウクライナ語で叫びたい」
https://www.nhk.jp/p/ts/YNRZR6JZ63/episode/te/32YMVG1L4M/
ウクライナ人の多くがなぜロシア語を話すのか。それは、100年にも及ぶ、ロシアによるウクライナ語追放政策とロシア語教育による同化政策の結果です。そのため、ウクライナ人のアイデンティティ(自己証明)が無意識のうちに損なわれてきました。今回のロシアのウクライナ侵攻後、ウクライナ人の多くが、自分のしゃべる言語は、ロシア語からウクライナ語へ切り替えると宣言しています。同じような自国語消滅の危機は、旧ワルシャワ条約機構に加盟していたベラルーシでもあり、今大きな問題になっているとのことでした。使用言語とアイデンティティの問題を深く考えさせられる番組でした。
 

(おまけ)私のイギリスでの経験


 
今、日本の多くの小中高、大学で、英語教育を重視し、それを売りにする学校が増えています。じゃあ、その学校では、日本語教育はちゃんとしているのかと心配になります。大学・大学院までの高等教育ができる言語は世界に10しかない、日本語はそのうちの一つだといわれています。
 
昔、私がイギリスのシェフィールド大学で講演した時、講演終了後の質問で、(ちょっと専門的ですが)「なぜその金属錯体のトランス体とシス体とは、赤外線スペクトルとラマンスペクトルを測定することで区別できるのですか?」と聞かれたことがあります。私はすぐに、「それは交互禁制律があるからです。」と答えようとしましたが、この高度専門用語の「交互禁制律」に相当する英語は習ったことがなく、とっさに出てきませんでした。高度な概念は、すべて日本では日本語で習って理解しているのです。だったら、もし、英語で大学や大学院の高等教育を受けていたら、すぐに、mutual extinction ruleと答えられたと思いました。しかし逆に、それでは日本語の「交互禁制律」という専門用語は習わないので、日本語でこの専門用語は出てこないでしょう。では、専門用語でもバイリンガルになるために同じ分野の高等教育を日英両方で2度受ければよいかというと、それは時間の無駄でしょう。したがって高等教育の言語についてはこのように、大きな問題を含んでいると思いました。
 
さらに、この質問の時、面白いエピソードがありました。シェフィールド大学に同行していた北大の先生で、アメリカで8年もいてものすごく英語ができる先生が、一番前に座っていたので、私が小声の日本語で「○○先生、『交互禁制律』って英語でなんて言うですか?」と聞いたのですが、急に横を向いて、他人の顔をされたのには往生しました。彼女の方ではアメリカで高等教育を受けているので、逆に私の言っている日本語の専門用語を習ったことがなくとっさに出てこなかったのだと思います。また、日本人の研究者で、アメリカで長くおられ、日本に帰国した際に、日本語で講演をしてもらうと、専門用語が日本語で出てこず、立ち往生されておられる姿も何回か見たことがあります。
 

(おわりに)


 
バイリンガルにあこがれるのはいい。でも、2つの言語とも自分を表現するのに70%や80%であれば、みんなにそこそこバイリンガルと認められるだろうけど、どれも自分の気持ちを100%表現できないので、極めてつらい悲しい状況が、自分の中にも起こり他人の言動からも受けてしまう。どれか一つ柱になる言語、100%自分を表現できる言語を、持つことが、自分は、何人だというアイデンティティ(自己証明)につながる。さもないと、私はだれ? 何者? どこの国の人? という疑問にさいなまれるということが、よくわかりました。
 
また、日本では高等教育を日本語でできることがいかに大切か、改めて実感しました。私は大多数の99~95%の日本人には日本語を前提にして、教育をすべきであり、最近の風潮として大学の授業をみんな英語でしろというのは、日本語を滅ぼすことになると思います。本当にどの言語でも100%自分を表現し尽くせる1~5%のレアな人材の人は、是非、バイリンガル、トライリンガルなどポリグロット(多言語話者)になるようにしたらいいと思います。しかしながら、全国民に外国語を強制することは、ベラルーシやウクライナなどのように自国語の消滅の危機を招くことになると思いました。皆さんはどう思われますか?
 
 
*なお冒頭の写真は、梅林で有名な水戸の偕楽園です。
下記の「偕楽園ウェブサイト フォトギャラリー」から転載させていただきました
https://ibaraki-kairakuen.jp/photolibrary/?type=238&option_type=
 
 
2022年5月14日随筆

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