記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

2023年映画感想No.13:母の聖戦(原題『La Civil』)※ネタバレあり

特徴的な画面構成

ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞。
メキシコの犯罪組織に娘を誘拐された母親が奔走する話なので絶対に辛い展開になるとは思っていたのだけど、冒頭からもはや何の前触れなども無いままものの数カットで娘さんが誘拐されてしまいメキシコの茶飯事的な治安の悪さに改めて震えた。まだ何も起きていない段階の街中を車で走るカットだけで日常的な犯罪の緊張が浮かび上がる。

娘を誘拐されて以降はずっと雲を掴むような展開でひたすらよるべないしやるせない。
犯罪組織は信用できないし、元夫は絶妙に頼りない。出来ることを全部やろうとする主人公はずっと孤独に戦っていて、それが『サウルの息子』的な被写界深度の浅い画面構成によって強調されている。主人公と対等に向き合ってくれる人はいないし、全てはボヤけて信用ならない。画面内の情報量の少なさが主人公の目から見えている真実の掴みどころの無さを象徴的に映し出しているように見える。

どこを辿っても本質にたどり着かない絶望感

主人公が独自の調査で犯罪組織の実態に迫っていくところも生々しい緊張感があって良かった。決してスマートじゃ無いし得られる情報としても入り口中の入り口くらいの感じで、特にそこから大きな展開に繋がらないもどかしさも現実は映画のようにはいかないというリアルな息苦しさがある。
他のメキシコ犯罪もので観てきたのと同様に本作でも関わる個人はみな歯車として全体の一部しか把握しておらず、どこを当たっても大きな実態や本質に辿りつかない。それどころか犯罪の隠れ蓑として協力させられているのはみな主人公と同じように大切な人を奪われた市井の人たちであり、絶望によって利用されている人々がまた別の絶望を生み出している。

当局への不信感

軍や警察への不信感も映画の冒頭から匂わされていて、主人公が軍を頼る展開にもずっと信用できなさが響き続ける。
一見頼りになる中尉が実力行使でグイグイと捜査を前に進めていくのだけど、アジトに突入する場面は全てが夜の暗闇の中でありその向こうに何があるのかは文字通り何も見えない。
実際には捜査に何の進展が無くとも派手に突入しこれ見よがしに自白した人々を射殺して見せる。暴力的手段の清濁合わせ飲む手触りの違和感はそれが向けられる対象が主人公と近い立場の存在になる程強くなり、果たしてそれが本当に正しい側なのかが根本から揺らぐように映る。あの中尉が物語から突然退場するのも不可解な印象だけを残す絶妙なバランスで、結局主人公の問題に真に力を貸してくれる存在はいない。

結局最後まで観ても本当のところはどうだったのか、誰が信用できて何が真実だったのかがわからないのだけど、それこそが主人公の「それで結局なんだったの?」という絶望だけが深まり続ける感覚そのものでもある。
何が起きれば人の肋骨が一本だけ見つかることがあるのか。個人的にあのラストに希望を感じるのは中々難しかった。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?