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2023年映画感想No.6:チョコレートな人々 ※ネタバレあり

チョコレートが象徴するもの

ポレポレ東中野にて鑑賞。
映画冒頭に一つ一つの材料が合わさり色や形の違うテリーヌが出来上がる様子が映されるのだけど、それが久遠チョコレートの企業理念、ひいては久遠チョコレート代表の夏目さんの目指す社会の概念を象徴しているように感じる。
一つ一つの材料が役割を果たして何かを作り上げる。一つでも欠けたらダメだし、一方で出来上がるものも全てが微妙に違う。綺麗な一つの正解があるわけではなく、それぞれ違ってそれぞれが正しい形なのだと示しているようだった。
またチョコレートが「失敗しても何回でも作り直せる優しい食材」だからこそ夏目さんの目指す価値観を体現できるという説明も良かった。

久遠チョコレートの生産工程

自閉症の男性、左片まひのある男性など一人一人の従業員が久遠チョコレートの業務にどのように関わっているのかを映す場面がそのままお菓子の生産工程の説明にもなっていて場面としても面白かった。
材料作り、調理、カット、梱包、ラベル貼り、店舗販売まで自分が目にするお菓子がどのように作られ手元に届いているのかを改めて知ること自体がとても面白いし、その中で従業員一人一人の得意分野を活かして生産性と両立する工夫がきちんと示される。
自閉症の男性は決められた作業をすることは得意なのでグラム単位の飾り付けなどを担当しているのだけど、一方で決められた大きさの丸いチョコレートを絞る作業はめちゃめちゃ大雑把で「大丈夫大丈夫!やりなおせるので!」と言い放っていて人間味が溢れるところもおかしい。そうやって失敗を許容できるのがチョコレートの良いところだということもきちんと理解できるし、それが久遠チョコレートという企業全体の寛容さをも象徴している。

夏目さんの信念と覚悟

障害者雇用に関してより良い環境や待遇を模索する中で「失敗しても良いからもがき続けてほしい」と夏目さんは話すのだけど、夏目さん自身も最初から理想を形にできたわけではなく、小さくない失敗もあった中でトライし続けて今の形に辿り着いたことが映される。
障害者雇用の機会を作るために始めたパン屋では1000万円以上の借金を抱えてしまい持続的なビジネスモデルを生み出すことができなかったことやパン屋時代に働いていた従業員を解雇してしまったことの後悔など、その時その時の限界に突き当たって失敗を選択しなければいけなかった経験があったこともきちんと語られている。
特にパン屋で解雇されてしまった女性はその経験からその後社会との接点を作り出せないまま長い年月が経ってしまっており、希望を語ることの責任が重たく横たわる。子供の頃いじめてしまった同級生の話など取り返しのつかない失敗は残り続けるからこそ夏目さんはその贖罪を続けているようでもある。
そういう経験を意味あるものにするために「できなかった」経験を「できること」にしようとし続けることが夏目さんの覚悟と信念なのだろうし、かつて解雇された女性従業員の方が久遠チョコレートにテリーヌを買いに来て夏目さんと再会するところは失敗から学ぼうとしたことが二人の人生を前に進める可能性に繋がっていたことが証明された瞬間のように映ってこちらも感動してしまった。

中盤の場面の違和感

中盤に大口の発注がガタガタな生産進行で大変な事態になる場面があるのだけど、流石にマネジメントが酷くてこれは普通に企業として問題があるのではと感じてしまった。個人の労働力とかそういう問題ではなく単に生産管理のオペレーションが杜撰なことから起きているだけだし、結構簡単に想定できるレベルの出来事にしか見えなかったので会社として大丈夫かと思った。
夏目さんは「手広くやりすぎたんですかねえ」と言っていたけど、例外的な大口発注に対して確実に生産から納品まで管理する行程を考えて落とし込めばいいだけの話だし、働いている人たちの得手不得手の範囲で収まる問題ではないからこそ映画の内容とは本質的には関係のない問題のように感じてしまった。
「任せているけれど人で採用しているとこういうことも起きてしまう」と言うけれどそれは単なる無責任だし、映画としてもジャーナリストから久遠に転職したマネージャーの男性やここで描かれる事態に対してその後に特にフォローや回収の描写が無いので、映画の構成的にこの場面が描かれる意味があまりよくわからなかった。

働く人に会社側が適応する柔軟さ

経済的な余裕があるからこそ実現できる物事が増えていくという面は確かにあって、久遠チョコレートが常に従業員一人一人にとって働きやすい環境、状況に投資を躊躇わない姿勢などは素晴らしいと思った。ここまで働いている人に会社側が柔軟に適応するという事例は他に聞いたことがないけれど、「できることをやる」の結果として多くの人が働ける労働環境が作り上げられていく有言実行に感心した。
チックの症状があり床を踏み鳴らしてしまう男性のために新しいラボを作ったり、重度の知的障害の男性が茶葉を粉にする作業をやりやすくするための手法の開発も映画の中で描かれる範囲だけで何段階もブラッシュアップされていく。単に労働環境が改善されるだけではなくそれによって生産性や商品の質にも反映される影響が出ていて、多様性を取り込むこと自体がより良い社会を実現するということを小さなコミュニティの在り方から感じられる素晴らしい取り組み方だと感じた。そういうことのためには決して小さくない投資もいとわない。それは経営者として簡単なことではないと思うのだけど、夏目さんはそこは絶対にぶれずに貫いている。

自分事として考えることを促すメッセージ

同時にこの映画を観ながら自分は夏目さんのようにできるかと考えてしまうのだけど、夏目さんのような人が増えれば良い社会になる、という考え方を拒絶するようにラストで夏目さん自身が「僕を応援するのではなく全員が自分事として考えてほしい」と言う。
この映画のタイトルロゴは『チョコレートな人々』という文字の周りを「凸」と「凹」の形のチョコが丸く取り囲んでいるのだけど、一箇所が空いている。そこをどのように補い円を完成させるのかが観客の僕達にも投げかけられた宿題であり、あなたもまた「チョコレートな人々」なのだと言われているようでもある。

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