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2023年映画感想No.5:SHE SAID/シー・セッド その名を暴け(原題『She Said』) ※ネタバレあり

スマートな描写で映画としてのスタンスを宣言する冒頭部

ミッドランドスクエアシネマ2にて鑑賞。原作は未読。
冒頭、ある少女が映画業界に見た夢や希望が残酷な現実として反転するようなモンタージュから性暴力の搾取と裏切りの凶悪な構図を鋭く際立てていて辛い。彼女たちの見ているものはそこにはなく、ただただそれを利用して尊厳を奪う権力者たちが待ち構えている。
続く場面ではトランプの性暴力告発記事が発表される経緯が描かれ、それによっていかに性暴力が男性主義的社会によって無かったものにされてきたのかが浮き彫りにされる。社会全体がそれを免罪し、「何も変わらない」ことで被害者たちは被害の中に取り残され続けてきたことがわかる。
同時にこの場面があることで性暴力の在り方は極めて政治的で重大な社会問題であるという映画のメッセージを宣言しているようでもあり、問題意識をユニバーサルなものとして捉え直す描写としてスマートな相対化が示されていると思う。

強きを助けるシステムを突破する弱者たちの代弁としてのジャーナリズム

主人公となるのは二人の女性ジャーナリストなのだけど、性差別の問題を調査する彼女たち自身も性差別的だった報道業界の内部で戦ってきた人たちであることが序盤の描写から垣間見える。共に家庭を持ち守るべきものがある普通の人たちだからこそ、小さな声に真摯に耳を傾けそこにある痛みを一つ一つ掬い上げることが出来ることに必然性がある。
調査自体は本当にコツコツと小さな前進の積み重ねで、一発で形勢を逆転するような展開はない。全てを変えることのできる魔法のような言葉なんか無いし、一人で状況をひっくり返せる英雄もいない。小さな勇気と真実の積み重ねだけが囚人のジレンマを突破する大きな強さになる。
性犯罪を犯しても逃げ切れるシステムが権力者の凶悪な論理を助長しており、被害者たちは痛みに耐えながら懸命に自分たちの人生を再生するしかない。どの人も「被害者らしく」などあるはずもなく、痛みや悲しみを抱えたまま日常に根差し、生きてきたのだという様子が胸に迫った。

映画的サスペンスの切れ味

取材に次ぐ取材によってスマートに、誠実に真実に近づいていく内容自体がジャーナリストものとして映画的面白さを作り出している点も素晴らしかった。「記事を上げるタイミング」という要素でサスペンスな見せ場を作るのもこの映画固有のモチーフを映画的に切り取っていて上手いし面白い。
ワインスタイン陣営がどんどんと妨害を露骨にしていくのも「真実が恐い」といわんばかりで本当に愚かなのだけど、ついにニューヨークタイムズ本社に乗り込んできた彼らに対してキャリー・マリガン演じる記者が「ちょっと何言ってるかわからない」という軽蔑と呆れに満ちた表情でひたすら反論を聞き流す場面が最高に痛快だった。

自浄と解答として価値観の転換期を描くこと

価値観の転換機を描く作品としてとても意義深く、真実に対して誠実なアプローチによって映画作品としても質の高いものが出来上がっていることも作り手が映画の内容を信じていることの証明のようで感動した。
この映画を通じて多くを知ることができたし、それを知ることを可能にした全ての人たちに敬意と感謝を覚える作品だった。

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