生まれながらに「承認欲求」で生きてきた私たちは、より低次の欲求の満たし方を知らない。
「マズローの五段階欲求」を聞いたことあるかと思いますが、
その意味を深く考え、自分に当てはめてみたことはありますか?
わかりやすく言い換えると、
①生理的欲求:生きたいという欲求
②安全欲求:安全でいたいという欲求
③社会的欲求:コミュニティの中で優位にいたいという欲求
④承認欲求:凄いと思われたいという欲求
⑤自己実現欲求:自分の掲げる理想を実現したいという欲求
となります。
下に行くほど(上記の番号が若いほど)、低次の欲求であり、満たされやすい欲求になります。
私たちは、現代日本という平和な国の安全な時代に生まれました。
日常の中で「死」は身近なものでななく、意識することの方が珍しいと思います。
治安も良く、「安全」な社会です。
家族や学校のクラスなどで、自然とコミュニティに属しています。
そのため、私たちは、生まれた時点で下から3つの「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」が満たされた状態だったと考えられます。
そうすると、自然と私たちの欲求は「承認欲求」に向き、これを満たそうという行動になります。
そして、「頑張ったら褒められた」という経験の積み重ねによって「褒められたい」という気持ちが、モチベーションになっているはずです。
自己実現欲求に段階にいくには、強い志と心理的安全性が前提となるため、とても高いハードルがあります。
実際に「自己実現欲求」の段階に生きている人は全世界の2%程度であると言われています。
逆に、「承認欲求」が満たされなければどうなるでしょう。
人は、ある欲求が満たされなければ、安心感を求めて低次の欲求が満たされていることを確認しにいきます。
ここからは私の持論ですが、
承認欲求が満たされなかった時、社会的欲求を満たすものを探して、「社会的優位にいる自分」を確かめようとします。
そのために、周りの人を見下し、或いは蹴落とし、自分が優位だと自分に言い聞かせます。
さらに、それも満たせなかった時、「安全欲求」を満たすために安全な場所に居続けようとします。敵のいない自分の部屋に引きこもります。
そして、最終的には、「生理的欲求」
すなわち、「生きていること」を実感するために、その反対の「死」を感じようとします。
こうして私たちは無意識のうちに、漠然とした不安感を払拭するため、あらゆる欲求を満たすための行動を選択しています。
自分の行動がどんな欲求によるものなのか、自分で認識し、適切な選択をしてあげることが、一番自分のためになります。
そして、少し上を見ながら、強く生きる心をもち、自分のモチベーションと向き合ってみましょう。
Written by Hideaki Shimoshige
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