フォローしませんか?
シェア
若杉栞南(ワカスギカンナ)
2023年10月2日 02:30
あなたは、何を実らせますか?キャリアのこととか、業績についてとか。そんなことじゃない。もっと違う何か。もっと大きなことを、もっと先のことを聞かれている気がした。私は、何を実らせたいのだろう。準備していたカンペに答えは載ってない。ここまで来て、迷ってしまった。
2023年10月3日 00:20
見納めになると思って見上げたビルは、高かった。ここで、働いてみたかった。知らなければならなかった。どんな方針の元で、何の為なら零細企業を吹いて飛ばして踏み潰すことが許されるのか。その理由を。あぁ…そうか。「復讐を実らせます」そう言えばよかったのか。
2023年10月4日 00:45
また遠回りになっちゃう。ごめんね。こうして謝るのは何度目になるだろう。ラベンダーの香りを漂わせる紫のブーケを手向けるのも何度目だろう。ラベンダー。プロポーズした時に父が母に贈った花。薬局を開業した時に母が父に贈った花。私から贈るのは…もっと違う形が良かったな。
2023年10月5日 00:35
例の風邪に効くんです。治療薬?いえいえ。痛み止めです。少しでも楽になってほしいじゃないですか。一応国からは認められてるんですけど、大手の企業さんはウチに実績ないから。ほら副作用とか…。あ、ウチのはないですけどね。なんて真っ赤な嘘で塗り固められた真っ白な錠剤を今も覚えてる。
2023年10月5日 22:34
大手企業だからって鵜呑みにしないのが父だった。でも、判断が鈍るあたりちゃんと人間だったと思う。…あの頃は。真っ白な錠剤…父が堕ちたこの錠剤。「ラベンダーってね、リラックス効果があるんだって」クスリを握りしめた私はじっと、じーっと見つめる。変わり果てた両親の姿を。
2023年10月6日 21:36
変わり果てたこの地で「就職」なんて言葉が未だに化石化していないことに驚く。でもまぁ。考えてみれば…まだ3年か。何かあれば社会から遮断させようとする世界。今回も、また。足元に広がる深い溝を見下ろす。溝と塀で造られた安全地帯は“あの頃”を生きようと必死だった。
2023年10月7日 23:34
明日も息を、しているだろうか。そんな状況の母にどうして父はこれを与えたのだろう。生と死を分つ謎の薬。後者であっても母は楽に…とでも思ったのかも知れない。私はやっぱり許せない。父にそんな決断をさせた、あの大きな影を。母をこんな…人肉を貪る姿に変えたあの人たちを。
2023年10月9日 00:07
想像とは違う形で、母は死を免れた。そんな母を見て、死を選んだ父。惨めな父を 救った 私。私は、私の家族は今、文字通り地獄を生きているのかもしれない。蘇った死者たちから隔離されたこの土地で、蘇った両親を匿いながら復讐のときを待つ。……でもこれは、地獄なのだろうか?
2023年10月9日 22:30
母が人の言葉を話さなくなり父が母の後を追ってから私の生き甲斐はずっとこの地獄の中心にあった。安全地帯のど真ん中に聳え立つビル。まさに、現代の城。ここを崩落させるのがあの日からの生き甲斐。これが地獄ならば私は喜んで地獄を歩む。だって私は、復讐を実らせるから。
2023年10月11日 01:13
「助けよ。助けなければ人は滅びる。お前も、わたしも」道徳の教科書で読んだような文句を堂々と説くなんてどうかしてる。目を輝かせる聴衆も、どうかしてる。どうかしてると思うけど神のように崇められるこの人に近づけば、認められれば少しは私の生き甲斐も現実味を帯びてくる。
2023年10月12日 00:16
神のように崇められていたあの人は裏で珈琲。助けよ。助けなければ人は滅びる。お前も、わたしも。なんて説いてみる。いかにもな格好で、私も。あぁインチキくさい。こんな私たちを信じるなんてみんな可哀想…だなんてまさか思うわけがない。だってもっと、上に行くから。
2023年10月12日 23:30
インチキくさい教えを説き、人の悩みを聴く。このインチキに“救われた”なんて本気で思ってたらびっくりだ。そう思いながらも浮かべる上品な笑み。でもきっと救われたいと思ってしまうくらいにはこの中で生きる人々が抱える闇は大きすぎる。そう考えたら…可哀想なのかもしれない。
2023年10月13日 22:51
S04にて負傷者発見。足首に咬傷あり。凶手捜索中!無線の音を下げる。凶手…か。極悪人みたいだね。少し体が悪いだけなのに。そっとユニットバスのカーテンを開けると血走った目と青白い顔の“人ならざるもの”が勢いよく飛び出す。「…生きた人間のが、よっぽど怖いのに」
2023年10月15日 00:17
目の前に立ち上げられた4台のパソコン。画面にはゲートと横に立つ兵士の姿。机の上、そっと手を伸ばした先には「みらひコーポレーション」と書かれた名刺が一枚。「専務…」その地位をよく分からないふりをした。心の中で溢れた笑みの味を今も覚えている。私にとっての、密の味。