「子持ち様」に思うこと

最近「子持ち様」という言葉を耳にするようになりました。この言葉の意味は「子育てをしている人が周りに迷惑を掛けたり、特別な扱いをされることを当然と考えている」ということに対する否定的なニュアンスで使われているそうです。特に職場においては「育児を理由に有給や育休の申請をしたり、急に仕事を切り上げてしまうことで、仕事の負担が周囲に及んでしまうことに対する批判」があるとのこと。
現在、私は介護のために自宅にいますが、以前(かなり前ですが)は会社員をしていたので、その時の経験をもとに、「子持ち様」について私見を述べたいと思います。

もう数十年前になりますが、私が最初に入社した会社(H社)は、比較的大規模な会社でした。もちろんH社にも育児中の女性がいて、何なら私の席の斜め前に座っていた記憶があります。その方は時々「昨日も夜泣きで眠れなかった」と辛そうにしながら、仕事を頑張っていました。その当時、育児のために誰かが休んだり、仕事を早々に切り上げたりしても、特に誰も気にしていませんでしたし、そもそも、そんなことを批判するような発想もありませんでした。

H社の次に入社したS社は、社員40人くらいの中小企業でしたが、その当時は子育て中の方がいた記憶がありませんので、ここでは省略しますが、S社については後ほど再登場します。

3社目となるE社は、更に小さく数人レベルの会社でした。ここには育児中の女性が2人いて、私の机の前と横にいた人が育児中でした。当然ながら、お子さんのことで、お休みになったり、仕事を切り上げることがありましたが、周りは「そんなの当然だよね」という雰囲気でしたし、そんなこと気にもしませんでした。

E社のあと私はS社に再び入社(出戻り)しました。社員数は以前と同じくらいでしたが、社員の構成が変化しており、この時には子育て中の人もいらっしゃいました。S社は最初に勤務した時から多忙でブラックな会社でしたが、以前よりも会社の雰囲気がとても悪く、居心地が悪くなっていました。
その時の上司(役員クラス)に言われた言葉が・・・
「家庭を持っている人は大変なんだから、早めに帰宅しても当然だ」
「お前らは独身で、用事もないのだから残業しても平気だろ」
・・・でした。
子育て中の社員には優しいかも知れませんが、そのことが「独身男性の残業の免罪符」みたいになっていたのです。あたかも「悔しかったら結婚相手を見つけてみろ」と言わんばかりの言い方だったので、今でも鮮明に覚えています。
※ちなみにS社は年俸制であり、残業の有無に関わらず給与は変わりませんでした。

「そんな経験を踏まえて」と言っても、私のサラリーマン時代は10年以上前のことなので、今とは状況が全く異なることは承知の上でお話しさせていただきたいと思います。

基本的に、子育て中の人が急に休んだり、仕事を早退することは「当然のこと」だと思います。子供は、大人の都合に合わせて病気になったり、怪我したりすることは絶対にありませんので。もちろん、休暇や早退の時には「感謝の気持ちを伝える」など、周囲への配慮が必要ですが、だからと言って「子持ち様」という言葉まで生まれるのは少し残念で、寂しい感じがします。

そして、何となくですが、法人にしても個人にしても「余裕のなさ」を感じてしまいます。
法人においては、経営の効率化、利益率の改善、人手不足などの理由から、マンパワーに余裕がなくなり、いざという時の余力がなくなってしまっているように感じます。
また、個人についても、「タイパ」「コスパ」など、効率化された人生を求めるあまり、心に余裕がなくなっているように思うのです。

それと同時に、「社風」も関係しているのかも知れませんね。組織のトップの思考なのか、組織を構成する一人ひとりの思考なのかは不明ですが、組織全体として「優しくない」状況になっていることが、「子持ち様」なんて言葉が生まれる風土を形成しているのかも知れません。
その理由のひとつにも「余裕のなさ」があるような気がしますが・・・。

「もっと優しい世の中になって欲しいな」
「子育てしている人にも、そうでない人にも働きやすい世の中であって欲しいな」

・・・50歳を過ぎたおじさんは、そんなことを考えています。

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