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【漫画】かくかくしかじか/東村アキコ

こんな経験したことないのに全5巻を読み終えるころには流れる涙を止めることは出来ず、こうして書いている今も会ったこともない、ただ漫画の中に描かれていた先生のことを思って泣きそうになっている。

東村アキコ先生の高校時代から現在に至るまでのエッセイ漫画。東村先生が高校時代に出会った絵画教室の日高先生とのやり取りが中心に描かれていて、それは紛れもなく東村先生が主人公なんだけれど、日高先生の人生もみているような漫画だった。

(ここからはお二人とも先生と書くのはややこしいので、日高先生→先生、東村先生→アキコと書かせていただきます。)

この漫画を読んでいると、度々「このとき先生に会っておけば、ああしていれば」というアキコの思いがわかって、時間は元には戻らないという当たり前のことを強く実感させられる。

フィクションじゃない。10代は特に目の前のことしか見えていないということも、10代を終えた今なら私にもわかるから、余計にかなしいけれど、高校生のときに考えなければならなかったことを高校生のときにわかるはずもなく、5年後、10年後に気付いたとしても、もう遅い。こればっかりは時が解決してくれることはなく、時間は進んでいく。そういう場面をいくつか描かれていた。

印象に残っているシーンは、アキコが当時通っていた美大がある金沢に、先生が訪れた日の場面。

たった一日の金沢旅行を終えて帰っていった先生が、アキコの部屋に置いていった地元・宮崎の焼酎を見て、アキコが思う言葉のいくつもが、大切な恩師にひどいことをしてしまったのに取り返しがつかないと後悔する気持ちをみせていて、せつなくてたまらなかった。

先生がそれを置いていったことは
バカな私にもすぐわかりました

おそらく先生は 金沢のの狭い私のアパートで
20歳を越えて堂々とお酒が飲めるようになった私と
油絵科の私の友達を呼んで 宮崎の焼酎を飲みながら
夜通し話をしようと

それはもちろん 絵の話をしようと

『かくかくしかじか 2』東村アキコ/集英社 151ページ

それから先生は絶対コワそうだけど、絶対優しい人だと思う。

教え子の言う言葉を真っ向から信じて、自分の言うことには正直で。自分の元を離れたあとも、何度も気にかけて電話してくれたり、いつ会っても「描け」の一言で前へと引っ張ってくれる。

先生の真意も、アキコがどう思っていたのかも、ご本人たちにしかわからないけれど

「描け」

と何度も何度も言っているのが、アキコがどんな状況でも描くことを止めないように励まし、この先ずっとお前は絵を描くべきだと願っているように思えた。

そして漫画を読み終わったあとも、先生の言葉は私の頭の中で繰り返されて、私にとっては「描け」ではなく、「書け」と背中を押してくれているようで

ひとつのノンフィクションの話が私の中にずしんと沈み込んでくる。

先生が亡くなる直前も、教え子に伝えた言葉は「描け」と一言。先生はずっと絵を描く人で描くことを教える人だった。

そして簡単につぶやけてしまいSNSでの言葉も、うわべだけの言葉も、映画やドラマでのセリフも、今こうして私が書いている言葉も、全部が同じ言葉だけれど。

生身の人間から放たれた言葉には敵わない。いつもド直球な日高先生の言葉には敵わない。

5冊の漫画を通してだけれど、すごい先生に出会ってしまった

この先、私にも日高先生のような師匠に出会うことがあるのだろうか、まだきっと長い人生でそんな人と出会えたら———。

何を言うにしても理由は語らない先生。いつも何を思って東村先生や自分の教え子たちに話していたんだろう。全然知らない人だけどとても気になる。幸せだったといいな、なんて部外者の私が言うのは野暮な話だし、先生本人はそんなこと気にも留めない感じがするけれど、そう思ってしまうくらい、先生のこと好きだ。

エッセイ本が好きだからという理由で読み始めた『かくかくしかじか』。やっぱり読んでよかった。

これからもこの漫画のこと、漫画を読んだときの気持ちを大切に胸にしまっておこう。



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