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「ゲーミフィケーション」がクリエイティビティを高める


ゲームの魔力


ゲームには人を虜にする強力な魔力があります。スマホゲームの登場によって、それは決定的なものになり、私たちはほぼ、いつでもどこでもゲームをすることができます。電車に乗って他の乗客の様子を少し観察するだけで、スマホゲームをやっている人の割合が高いことに気づきます。

ゲームが人を惹きつけて止まないのは、何故でしょうか。これには脳内の神経伝達物質ドーパミンが大きく関係しています。ドーパミンは快楽物質であり、脳内に分泌されることで、私たちは快楽や喜びを感じることができます。そして、それが「また頑張ろう」というモチベーションにつながることにもなります。

しかし、負の側面に目を向けると、ドーパミンは依存症という大きな問題を引き起こす原因にもなり、ゲームも依存症の対象の一つです。ゲームをやる度に、私たちの脳内ではドーパミンが分泌されますが、ドーパミンは無限に分泌されるわけではなく、すぐに枯渇するため、それまでゲームから得られていた快楽が得られなくなってしまいます。すると、またその快楽を得ようとゲームに執着するようになり、それがだんだんエスカレートして、気づくと寝食を忘れてゲームに没頭し、他の生活上の関心事や日常のどんな活動よりもゲームを優先したり、何か問題が起きていてもゲームを続けたりと、日常生活に支障をきたすようになってしまうのです。

現在、ゲーム依存症は、WHO(世界保健機関)による国際疾病分類「ICD-11」(2022年発効)で、「ゲーム障害」という疾患として認められるようになっています。

このようにとても強い負の側面を持つゲームですが、ゲームの仕組みを、ゲームではない活動に適用し、良い行動や習慣の形成につなげることができれば、強力なツールになる可能性があります。このような考え方を「ゲーミフィケーション」といいます。


「ゲーミフィケーション」とは?


「ゲーミフィケーション」という言葉が初めて公に使用されたのは、1980年と言われています。イギリスのエセックス大学教授でマルチプレーヤーオンラインゲームの先駆者でもあるリチャード・バートル氏が、「本来ゲームではないものをゲームに変換する」ことを指して、「ゲーミフィケーション(gamification)」という言葉を使い始めたのが発端とされています。

しかし、この「ゲーミフィケーション」という考え方自体は以前から存在していました。ただ、ゲーミフィケーションが注目されるようになったのは、スマホやIoT(インターネット・オブ・シングス)といったテクノロジーの普及によって、日常生活における様々なライフログが測定可能になったからです。

例えば、歩数、登った階段の数、特定の場所の訪問回数、スマホ画面の起動回数、電力使用料等のあらゆる指標がデジタルデータとして簡単に保存可能になったことで、それらを指標とした様々な「ゲーム」が可能になりました。

有名なゲームとして、井上明人氏の「#denkimeter」があります。これは、東日本大震災直後の 2011年3月15日に井上が自身のブログで公表したもので,電力が逼迫した当時の状況下で、節電という行為をゲーム感覚で楽しく実施することができるように設計されたゲームです。

このゲームでは、プレイヤーが消費電力等を入力することで、プレイヤーの「戦闘力(=節電度)」が決定されるため、使用していない電気製品のコンセントを抜いたり、無駄な電灯をこまめに消したり、電球をLEDに変換するなど、プレイヤーはあらゆる手段を用いて節電を試み、ゲームを有利に進めようとします。

節電という行為は、本来、楽しみを見出すことが難しい行為ですが、節電を行った効果を数値として見える化することで、節電がゲームに変換され、プレイヤーは自ら率先して節電したくなるのです。

ゲーミフィケーションは人を夢中にさせる力がありますが、それがクリエイティビティの向上にもつながるという研究を次に紹介します。


「ゲーミフィケーション 」とクリエイティビティ


ゲーミフィケーションによって引き起こされる主な心理状態として、エンゲージメント(Engagement)やフロー(Flow)が挙げられます。

リトアニアのミーコラス・ロメリス大学の研究によると、ゲーミフィケーションは活動に対するエンゲージメントを高めるため、その活動に費やされる時間が長くなります。また、ゲーミフィケーションは、難易度の高い活動に挑戦しようとするモチベーションを高めてくれます。

その結果、時間を忘れてタスクに没頭するフロー状態が起きやすくなり、その活動に対して、より多くの知識を蓄積し、クリエイティブな問題解決を実現できる可能性が高くなることが明らかになっています。(フローについて、詳しくは、「仕事に没入するために必要なこと」をご覧ください

具体的な事例を紹介しましょう。

ワシントン大学のデビッド・ベイカー博士が開発したタンパク質の3次元的分子構造を明らかにするオンライン・ゲーム「Foldit」は、タンパク質構造の最適化という問題をゲーミフィケーションの力で解こうとする試みです。

サルのAIDSウイルスが作るタンパク質分解酵素M-PMV PRは、研究者が10年以上かけても、その構造決定ができていませんでしたが、デビッド・ベイカー博士は、このタンパク質構造を解析するオンラインゲームソフトを作成し、M-PMV PRの基本データをゲームサイトにアップロードしました。

その結果、最終的に41チーム、600人のゲーマーが参加し、125万通りの解析モデルが提示されました。そして、その中の1つのモデルから予測される解析データが、実際の解析データに見事に一致したのでした。専門家が10年以上取り組んでいた課題を、わずか3週間で解決してしまったのです。

この事例は、ゲーミフィケーションの力が参加者をフロー状態に導き、その結果、クリエイティビティ(サイエンティフィック・クリエイティビティ)が存分に発揮されたことを示していると言えるでしょう。


今回の内容をまとめると、ゲームは依存症を引き起こすほどの危険な魔力を持っていますが、その仕組みを、ゲームではない活動に適用し、良い行動や習慣の形成につなげることができれば、活動に対するエンゲージメントを高め、フロー状態を生み出し、結果的に、クリエイティビティを向上させることができる可能性があるので、仕事の中で、ゲーミフィケーションを活用できる機会をぜひ見つけてみましょう。

参考文献:

・井上明人:# denkimeter,http://www.denkimeter.com/(2018年9月12日)
・樋口進. (2017). スマホゲーム依存症. 内外出版社.
・板生研一. (2019). ゲーミフィケーションによる顧客の行動変容と社会課題の解決. 東京成徳大学経営学部経営論集= Journal of business administration, (8), 29-49.
・Skaržauskienė, A., & Kalinauskas, M. (2014, October). Fostering collective creativity through gamification. In The proceedings of the ISPIM Americas Innovation Forum (October 2014): Montreal, Canada on 5-8 October 2014.

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