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レム睡眠がクリエイティビティを高める

睡眠の役割


睡眠はメンタルヘルスやクリエイティビティにとって、とても重要です。特に、睡眠効率、つまり、ベッドにいた時間に対して実際に眠っていた時間の割合が翌日のクリエイティビティに影響します。(詳しくは、「起業家のクリエイティビティと睡眠」をご覧ください

ところで、私たちの脳活動は睡眠中にも様々に変化します。具体的には、私たちの睡眠は、レム睡眠(REM sleep)とノンレム睡眠(non-REM sleep)という質的に異なる二つの睡眠状態で構成されています。

レム睡眠は、眠っているときに眼球が素早く動く(Rapid Eye Movement)ことから名づけられましたが、これは脳の神経細胞が活性化され、夢を見やすい睡眠段階であることがわかっており、クリエイティビティにとって重要な役割を果たしていますので、後ほど説明します。

一方、ノンレム睡眠は、脳波活動が低下し、心拍数と体温も下がり、体が細胞レベルで修復される深い眠りの段階で、睡眠の深さにしたがってさらに4つの睡眠段階(段階1~4)に分けられます。

一晩の睡眠は、入眠後すみやかに深いノンレム睡眠(段階4)までまず進み、その後、レム睡眠が出現します。このノンレム睡眠とレム睡眠のサイクルは、約90分の周期で繰り返され、朝方になるにしたがってレム睡眠の持続時間が長くなり、一晩のレム睡眠の割合は全体の20~25%を占めることがわかっています。

次に、レム睡眠とクリエイティビティの関係を調査した研究をご紹介します。


レム睡眠とクリエイティビティ


睡眠とクリエイティビティの関係について、アメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校心理学部のデニス・J・カイ博士らは、興味深い実験を行いました。

実験では、77人の参加者を、下図のように3グループに分け、1番目と2番目のグループには、90分程度のパワーナップ(昼寝)を実施してもらい、残りの3番目のグループには、その間、リラックス音楽を聴いてもらいました。そして、全員の前後のクリエイティビティを測定しました。(クリエイティビティの測定は、遠隔連想テストといって、3つの英単語に共通する1つの英単語を回答するというテストを実施)

図:睡眠実験のグループ分け


ちなみに、パワーナップ(昼寝)を実施したグループに関しては、睡眠脳波を測定し、深いノンレム睡眠だけのグループと、深いノンレム睡眠+浅いレム睡眠のグループ(深いノンレム睡眠の後に、浅いレム睡眠が出現したグループ)に分類しました。

実験の結果、レム睡眠を経験したグループ(2番目のグループ)が、最もクリエイティビティのスコアが高まることがわかりました。(遠隔連想テストのスコアが睡眠前に比べて、40%向上する効果が見られました)これは、レム睡眠中に、脳内で関連性のない情報同士が統合されやすくなり、それが連想力を高め、クリエイティビティの向上につながると考えられます。

この実験では、睡眠をとる前に、クリエイティビティの課題に少し取り組んでいることもポイントで、こうすることによって、レム睡眠中に連想力が高まったと推察されます。


レム睡眠から産まれた画期的なアイデア


『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』という著書をご存知でしょうか。これは大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンの経営再建を請け負い、見事に成功させたマーケターの森岡毅さんの実務経験に基づく著書ですが、この中で、まさにこれぞレム睡眠の真骨頂という場面が出てきます。

ざっと背景をご紹介すると、森岡さんは来場者数に伸び悩むUSJを立て直すために、ハリー・ポッターのアトラクション(『ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター』)に前代未聞の金額(当時のUSJの売上の半分を超える450億円!)を投資するプランを描きました。

しかし、これを実現するためには、ハリー・ポッターへの投資前の数年間、キャッシュをセーブしつつ、来場者数を伸ばすという離れ技を幾つか成功させなければならない状況に追い込まれていました。

その時、キャッシュをなるべく使わず、現行のアトラクションのリノベーションだけでヒットを飛ばす妙案を考えていた森岡さんは、夢の中、つまり、レム睡眠中に画期的なアイデアに遭遇するのです。以下、著書から引用します。

その夜のことです。
疲れた心をベッドに転がして、いつものように何かアイデアはないかと考えながら、私は眠りに落ちていきました。

すると夢を見ました。ものすごく鮮やかなカラーの夢を久しぶりに見たのです。
その夢の中で私は見てしまったのです。

ハリウッド・ドリーム・ザ・ライドが走り抜けたあの昼間の映像が、逆回転再生されているシーンをマジマジと見ていたのです。

そのとき、コースターはいつもの右から左ではなく、左から右に走り抜けていったのです!
私はガバッと跳ね起きました!
夜中の午前2時34分、寝ている間についにアイデアの神様がやってきたのです!

(中略)

焦りながら頭の中身を整え、明確に意識した瞬間に「これだーっ!」と大声で叫んでいました。急いでベッドの枕元に置いてあるアイデア・ノートに、たった今見た「絵」を詳細に書き取りました。

これがアイデアの神様が降りてきた瞬間です。後ろ向きに走るコースター、「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド〜バックドロップ〜」というコンセプトが産まれたのです。

出典:『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』(角川文庫)


森岡さんはこのアイデアに出会う前に、パーク内を何日も練り歩き、現場を見ながら、必死に新しいアイデアのヒントを探していたそうです。

社会心理学者のグラハム・ワラスは、「創造性が生まれる4段階」として、①準備期、②あたため期、③ひらめき期、④検証期の4段階を提唱しており、準備期にたくさん考え、いろいろなアイデアを保存しておいた後、煮詰まった頭を一度リフレッシュさせ、問題から意図的に距離を置くと、あたため期を経て、ひらめき期を迎えると述べていますが、森岡さんが夢の中でひらめき期を迎えたのは、準備期の努力があったからだと思います。準備期の努力がレム睡眠で開花したということですね。

このように、睡眠の中でも、夢を見やすいレム睡眠は、クリエイティブなアイデアを産み出す絶好の機会である可能性があります。睡眠は心身の健康を保つ上で、非常に重要であることは言うまでもありませんが、睡眠にはそれ以上のメリットがあるということですね。

参考文献:
・岡田隆. (2018).生理心理学(第10章).NHK出版
・eヘルスネット https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-069.html 2023.03.26
・Cai, D. J., Mednick, S. A., Harrison, E. M., Kanady, J. C., & Mednick, S. C. (2009). REM, not incubation, improves creativity by priming associative networks. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106(25), 10130-10134.
・森岡毅.(2016).USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?.p.119-121.角川文庫

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