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起業家のクリエイティビティと睡眠

起業家に求められるクリエイティビティ


「小さなクリエイティビティがメンタルの鍵になる」というのがこのnoteのテーマですが、クリエイティビティには、誰もが日常で発揮できる「little c」以外にも、職業専門家が発揮する「Pro C」というタイプがあります。

この「Pro C」と関連の深い職業は、映像、音楽、ゲームなどのクリエイターやデザイナー、斬新な研究テーマを追い求める科学者や新たなマーケットを創り出そうとするマーケターなど様々ですが、今回は、起業家(アントレプレナー)に焦点を当てたいと思います。

起業家に求められる資質・能力はたくさんあります。例えば、先を読む洞察力、不確実な状況に対応できるストレス耐性(レジリエンス)、局面を打開する営業力、人を惹きつけるコミュニケーション力など。私自身、10年以上、ベンチャー企業を経営する中で、これらの資質・能力の必要性(そして、自分の至らなさ)を痛感してきましたが、これらの中で、ベンチャー企業経営に最も必要な資質・能力の1つがクリエイティビティだと断言できます。

その理由は、ベンチャー企業は足りないものだらけだからです。経営資源と言われる、人、物、金、情報、どれをとっても、ベンチャー企業に十分なものはありません。その中で、会社を存続させ、成長させていくは、「足りないものをどうやって補うか」という視点が欠かせません。

アメリカのイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の研究で、人は「不足」を思い浮かべると、固定観念に囚われなくなり、クリエイティビティが高まることが示唆されていますが、起業家のクリエイティブ・マインドはまさにこの「不足」によって育まれると言ってもいいのではないでしょうか。

例えば、私の会社(WINフロンティア社)がヘルスケアのアプリを開発した時の話ですが、開発人員も資金も充分ではありませんでした。そのため、必要最低限の機能に絞り、さらに、その機能が実際に有用かどうかをリアルに想像するために、画像や動画を使って、アプリの「プロトタイプ」を安価に、迅速に作ることで、開発の無駄をなくすといった工夫を積み重ねました(経営学では、これを「リーン・スタート」などといいます)。

この過程は、まさにクリエイティビティの連発です。ここでクリエイティビティを発揮できないスタートアップは生き残れません。

とはいえ、起業家も人間ですから、常に追い詰められた状況で、クリエイティビティを連発するには限界があります。そこで鍵を握るのが、「睡眠」です。次にそれを明らかにした研究を1つご紹介します。


「睡眠効率」がクリエイティビティを高める


睡眠効率」という言葉をご存知でしょうか。これは、ベッドにいた時間に対して実際に眠っていた時間の割合、つまり、「実際の睡眠時間÷ベッドにいた時間×100」(%)となります。今は、スマートウォッチやスマホアプリで簡単に算出できます。

この「睡眠効率」が、起業家の翌日のクリエイティビティに大いに影響することが、ドイツのドレスデン工科大学経営経済学科のエヴァ・ワインバーガー博士らの研究で明らかになっています。

この研究では、26歳から62歳までの62人の起業家(平均41歳)を対象に、12日間にわたって日記及び電話インタビュー調査を行い、起業家の日々のクリエイティビティと「睡眠効率」との関連を調べました。「睡眠効率」はリストバンド型センサ(睡眠アクチグラフ)で測定しました。

なお、日々のクリエイティビティは、起業家への電話インタビューで、「今日はどんな創意工夫をしましたか?」と質問し、それに対する起業家の回答を精査することで指標化しました。

その結果、前日の「睡眠効率」は、起業家のその日のクリエイティビティに統計的に有意にプラスの影響を与えることがわかりました。この研究のポイントは、起業家のクリエイティビティは持って生まれた才能ではなく、日々変動するもので、それは睡眠の影響を大きく受けるということです。

睡眠不足が翌日の仕事の生産性を大きく低下させるという事実は、多くの研究で明らかになっていますが、クリエイティビティにも明らかな悪影響があること、そして、起業家のようなタフな人たちにとっても、それは例外ではないということですね。

ちなみに、睡眠は翌日のクリエイティビティを高めるだけでなく、睡眠中に連想記憶が活性化され、突然、アイデアが湧いてくるという副次的な効果も期待できます。(これについては、また別の記事で書きたいと思います。)


睡眠の質を上げるためにできること


睡眠の質を上げる方法については、膨大な情報が世の中にあると思いますので、ここでは、エビデンスを重視しつつも、私が経験上、特に重要だと思うことに絞って書きたいと思います。

私は、大学院の医学研究科で神経・生理心理学を学び、自律神経について研究していましたので、その自律神経の観点から述べると、就寝前の時間は、副交感神経を高め、リラックスすることが、その後の睡眠の質を高める上で、とても重要になります。

そのため、就寝前にやらない方が良い行動と、やった方が良い行動があります。

やらない方が良い行動の代表例が、カフェインの摂取です。カフェインには覚醒作用があり、その覚醒作用は、カフェインを摂取してから約30~40分後にあらわれ、4~5時間持続するので、就寝前の4時間以内に、カフェインを含む代表的な飲料であるコーヒーや紅茶、日本茶の摂取は避けるのが望ましいです。

次に、やった方が良い行動の代表例が、ぬるめの温度での入浴です。就寝の1時間前ぐらいに、ぬるめのお風呂(38~40℃)に15~20分程度浸かるのが理想です。就寝の頃には、皮膚から放熱し、体の深部体温が下がるため、気持ちよく眠ることができます。一方、熱めのお風呂は交感神経活動を高めて入眠の妨げになる場合があるため、避けた方が良いでしょう。

最後に、就寝前に音楽を聞いたり、軽く読書をしたりするのは、おすすめです。ただし、タブレットやスマホでの読書は、端末が発するブルーライトによって、睡眠を促すホルモンであるメラトニンの分泌が抑制され、眠れなくなってしまいますので、避けましょう。就寝前に読書をするときは、紙の本にしましょう。

とはいえ、このような行動を取ったとしても、ジェットコースターに乗っているような日々を過ごす起業家にとっては、心配事が尽きず、眠れない夜を過ごすことも珍しくありません。

そういう時に私がやっていたのは、「とことん最悪の状況」を想像し、「それでも何とかなるパターン」を頭の中でシミュレーションすること(あるいは、iPhoneのメモ帳にメモすること)、あるいは、「今、直面しているこの最悪の状況は、もうこれ以上悪くなりようがないので、明日は少しマシになっているはず」と考えることでした。

参考文献:
・Mehta, R., & Zhu, M. (2016). Creating when you have less: The impact of resource scarcity on product use creativity. Journal of Consumer Research, 42(5), 767-782.
・Weinberger, E., Wach, D., Stephan, U., & Wegge, J. (2018). Having a creative day: Understanding entrepreneurs' daily idea generation through a recovery lens. Journal of Business Venturing, 33(1), 1-19.
・厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針 2014」他


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