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退屈なルーチンワークとクリエイティビティ

ルーチンワークとマインドワンダリング


どんな仕事をしていても、多かれ少なかれルーチンワークというものがあると思いますが、広辞苑によるとルーチンワークとは、「きまりきった、日常の仕事」という意味ですね。また別の辞書では、「創意工夫の必要ない業務。つまらない仕事」という意味も出てきます。スタートアップビジネスはルーチンワークとは縁遠いと思われるかもしれませんが、コピーを取ったり、メールボックスを整理したり、名刺の整理をしたりと必ずルーチンワークはあります。また、仕事を離れたらルーチンワークはいくらでもありますよね。入浴、歯磨き、様々な家事など、日常生活はルーチンワークの積み重ねで成り立っていると言えるのではないでしょうか。

アメリカの心理学及び行動経済学者で、ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンはその著書「ファスト&スロー」*の中で、私たちの脳には速い思考回路と遅い思考回路があり、速い思考をシステム1遅い思考をシステム2と呼んでいます。システム1は直感的で、考える努力がほぼ不要な思考モードで、システム2は論理的で、注意力を必要とする思考モードですが、ルーチンワークはシステム1でほぼ自動的に処理できてしまうので、すぐに慣れてしまい、退屈を感じるようになります。

そして、私たちは退屈を感じると、心が彷徨いはじめ、いわゆる「マインドワンダリング」な状態になります。米ハーバード大学の2,250人のアメリカ人を対象にした研究によると、アメリカ人は日中の時間の46.7%がマインドワンダリングの状態であることが明らかになっています。(詳しくは、「今この瞬間を、味わう」をご覧ください)。

退屈だとクリエイティビティが上がる!?


マインドワンダリングはメンタルヘルスの視点からは、心があちこちに彷徨って良くない状態と考えられていますが、クリエイティビティの視点からは、実は有用であることが複数の研究で明らかになっています。その一例として、イギリスのセントラル・ランカシャー大学心理学部のサンディ・マン博士らの実験をご紹介します。

この実験では、80人の参加者を2つのグループに分け、1つのグループには、15分間、電話帳の電話番号をひたすら書き写すという退屈な作業を課し、もう1つのグループはその間、何もしませんでした。その後、全参加者に、「プラスチックのカップの新しい使い道を思いつく限り考える」という課題を課し、アイデアの数とユニークさを評価しました。

その結果、退屈な作業を行ったグループの方が、約45%も多くアイデアを出しました。この理由ですが、退屈な作業をしていると、だんだん目の前の作業に対する興味がそれ、白昼夢のような状態、つまり、マインドワンダリングな状態になり、それが一見関係のない考えや情報同士を結びつけ、創造性を高める役割をするのではないかと研究者らは考えています。

また、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校のベンジャミン・ベアード博士らの実験でも、難易度の低い課題をやってマインドワンダリングになったグループは、創造性の課題の成績が約40%向上したという結果が出ています。

これらの研究結果から、退屈な作業によってマインドワンダリングになることは、クリエイティビティの向上には役立つ可能性があると言えそうですね。

退屈さにも違いがある


先ほどの電話帳の電話番号をひたすら書き写すという実験には続きがあります。その続きの実験では、90人の参加者を、今度は3つのグループに分け、1つ目のグループは、15分間、電話帳の電話番号を書き写し、2つ目のグループは、電話帳の電話番号を音読し、3つ目のグループはその間、何もしませんでした。その後、複数の創造性を測定する課題に取り組んでもらいました。

その結果、電話帳の電話番号の音読を行ったグループが、電話帳の電話番号を書き写したグループや、何もしなかったグループよりも、最も多くのアイデアを出し、さらに、そのアイデアはよりユニークなものでした。なぜ、電話番号の書き写しよりも音読の方がより創造性が高まったのでしょうか?それは、書き写しだと書き損じのないように脳が多少、注意資源を消費する一方で、音読の方はそのような注意を払う必要がほとんどないため、よりマインドワンダリングな状態になったからと考えられます。つまり、退屈なルーチンワークでも、よりマインドワンダリング、そして、クリエイティブになりやすいものがあるということですね。

私のおすすめは皿洗いです。マインドワンダリングな状態になりながら皿洗いをしていると、意外と良いアイデアが浮かんだりします。自分の仕事や日常生活の中で発生するルーチンワークをリスト化してみて、そのルーチンワークをこなした後は、意図的にクリエイティブなことを考えてみるといいかもしれません。

参考文献:
*Kahneman, D. (2011). Thinking, fast and slow. Macmillan.
・Killingsworth, M. A., & Gilbert, D. T. (2010). A wandering mind is an unhappy mind. Science, 330(6006), 932-932.
・Mann, S., & Cadman, R. (2014). Does being bored make us more creative?. Creativity Research Journal, 26(2), 165-173.
・Baird, B., Smallwood, J., Mrazek, M. D., Kam, J. W., Franklin, M. S., & Schooler, J. W. (2012). Inspired by distraction: Mind wandering facilitates creative incubation. Psychological science, 23(10), 1117-1122.

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