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ネガティブ感情とクリエイティビティ


感情とクリエイティビティの関係


このnoteで以前に書きましたが、感情とクリエイティビティには、とても深い関係があります。((詳しくは、「クリエイティビティと気分の深い関係」をご覧ください)

オランダのアムステルダム大学心理学部のマタイス・バース博士らは、過去25年間のクリエイティビティと気分に関する103の論文をレビューした結果、研究によって、結果にばらつきはあるものの、総じて以下のようなことがわかりました。

ポジティブで活性度の高い「興奮」や「熱中」の状態が、クリエイティビティを生み出すのには最適である。

ポジティブだが活性度の低い「リラックス」の状態では、あまりクリエイティビティが高まらない。

ネガティブな気分でも、活性度が高ければ、テーマによっては、クリエイティビティを生み出しやすい。

今回は、この「ネガティブな気分でもクリエイティビティが高まるケース」について説明したいと思います。ちなみに、ポジティブな気分はクリエイティビティを高めるのに良いことは、ほとんどの研究結果で一致しているのですが、ネガティブな気分に関しては状況が複雑で、研究結果が必ずしも一致していません。したがって、以下で紹介する研究結果も解釈は慎重に考える必要がありますが、1つの参考にしていただければと思います。


「怒り」とクリエイティビティ


ポジティブで活性度の高い状態の時は、頭が柔軟で、色々な記憶や発想が脳内で連鎖的につながるため、ユニークなアイデアが生まれやすい一方で、ネガティブで活性度の高い状態の時は、柔軟性はあまり期待できないものの、1つのことに固執してアイデアを出そうとする傾向が高まることがわかってきており、これを創造性の二重経路モデル(Dual Pathway Model)といいます。

オランダのアムステルダム大学心理学部のマタイス・バース博士、カーステン・K・W博士らは、怒りは、固執性を高めることで、クリエイティビティを高めるが、ポジティブな感情の時よりも、認知的な努力(「頑張らないと!」と気を張るような感じ)を要するので認知資源が早く枯渇し、クリエイティビティを発揮できる時間が長くは続かないのではないか、という仮説を実験で検証しました。

この研究では3つの実験が行われていますが、実験1では、39人の参加者を2群に分け、1つの群(怒り群)は、過去に怒りを感じた出来事について、もう1つの群(悲しみ群)は、過去に悲しみを感じた出来事について、短いエッセーを書くように指示されました。

その後、心理学部の教育を改善するためのアイデアを出すブレストを16分間実施し、出たアイデアの数や独自性を評価しました。

その結果、怒り群は悲しみ群よりも、最初の4分間は多くのユニークなアイデアを出すことができましたが、その後は、悲しみ群の出したアイデア数と有意差がなくなり、最後の4分間は、逆に、悲しみ群の方が多くのユニークなアイデアを出しました。つまり、怒りがアイデアの創出に有効なのは、最初の数分間だけだったということですね。

この結果に関する研究者らの解釈はこうです。

怒っている人は強いエネルギーを持っているため、最初はアイデアをどんどん生み出すことができるが(ただし、柔軟性は低いので、同じカテゴリのアイデアに固執しがち)、エネルギーを早い段階で使い果たしてしまうため、時間とともにクリエイティビティが低下する


実験結果を見ると、多くのアイデアを出せているのが最初の4分間だけなので、怒りによってクリエイティビティを発揮できるのは5分程度なのかもしれません。

逆に、怒りを感じている時は、5分程度だけ、クリエイティブなアイデアの創出に使うと効果的とも言えますね。それによって認知資源を消耗し、疲労を感じますが、怒りの抑制にも効果があるかもしれません。


ネガティブ感情とシリアスなテーマ


上述のオランダのアムステルダム大学の研究によると、「ネガティブな気分でも、活性度が高ければ、テーマによっては、クリエイティビティを生み出しやすい」ことがわかっていますが、どのようなテーマだと、ネガティブな気分でもクリエイティビティを発揮しやすいのでしょうか。

答えは、比較的「シリアスなテーマ」です。例えば、気候変動などの環境問題や、健康に関する問題、貧困に関する問題など、社会性の強いテーマが該当するのではないでしょうか。

より具体的にイメージするために、個人的な興味で一例を挙げると、ヒップホップやレゲエなどのブラックミュージックは、人種差別や貧富の差などの社会性の強いシリアスなテーマを歌詞にすることが多いのですが、これには社会に対する「怒り」というネガティブ感情が根底にあったりします。つまり、怒りの感情がシリアスなテーマのクリエイティビティ(ラップやレゲエの歌詞)を刺激している例といえるかもしれません。

また、ヒップホップカルチャーの重要な要素である「グラフィティ」も好例です。グラフィティとは、ヒップホップ発祥の地であるニューヨークのブロンクスの高架下やコンクリートの塀などに、スプレーで描かれている絵や文字のことです。(画像を参照ください)

貧しい黒人の若者たちが、その貧しさから抜け出すチャンスもない中で、自分たちの存在を社会にアピールし、注目を集めるために始めたのがグラフィティですが、ここにも、社会に対する「怒り」が根底にあります。スプレーを使って、短時間で壁に描きあげるグラフィティも(もちろん、許可なく描くのは違法ですが・・・)、ネガティブ感情がシリアスなテーマのクリエイティビティを生む一例と言えるかもしれません。


以上をまとめると、クリエイティビティを発揮するには、ポジティブな感情で活性度の高い状態が最適ですが、ネガティブな感情であっても、活性度が高ければ、短時間(5分程度)であればクリエイティビティを高めることができる可能性があります。また、比較的シリアスなテーマに対しては、怒りなどのネガティブな感情がクリエイティビティを発揮するのに役立つ可能性があります。

参考文献:
・Baas, M., De Dreu, C. K., & Nijstad, B. A. (2008). A meta-analysis of 25 years of mood-creativity research: Hedonic tone, activation, or regulatory focus?. Psychological bulletin, 134(6), 779.
・Baas, M., De Dreu, C. K., & Nijstad, B. A. (2011). Creative production by angry people peaks early on, decreases over time, and is relatively unstructured. Journal of Experimental Social Psychology, 47(6), 1107-1115.

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