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ミツバチ花粉のガルムを作る

あいかわらず雨が続いて嫌ですね。今月末にリサーチで山に入る予定があるのですが、ただでさえ山の経験がないのにぬかるみを歩くなんてことになったらただでは済まなそうなので(プロの方に案内してもらうので、遭難などについては安心なのですが)、なんとかその頃までには晴れが続く感じになってほしいな、と思います。

博論の中間発表が迫っていて、料理のほうのリサーチが若干滞っているのですが、合間合間に本を読んだりちょっとした試作をしたりしています。最近はマルチスピーシーズ民族誌という人類学系の論集を読んだり、関連書を眺めたりしていました。基本的には人類学的なフィールドワークを、人間/その周囲の環境みたいな二元論的な枠組みではなく、人間とその周囲の環境に存在する動植物やウイルスなどのネットワークとして捉える、という考え方で、ブルーノ・ラトゥールのANTやダナ・ハラウェイの伴侶種などの議論の延長にあるもののようです。考え方としては非常に納得的かつ面白いと思うのですが、環境問題や生命倫理の問題となると脱人間中心主義がある種の無責任さへと転化してしてしまう感じもあり、むずかしいな、というところです。とはいえ、発酵調理であったりジビエ料理といった、自然発生的なプロセスや環境と文化との境界面にある事柄についてを考える(そんなことを今リサーチしているのですが)うえでは非常に示唆的な考え方でした。

そんなわけで少し前から食に関する人類学まわりの論文をちらちらと眺めていたのですが、そのなかにミツバチについての論文があり、なるほど蜂蜜も面白い食材だなと思いました。発酵とは違いますが、蜂蜜の生成には、ミツバチの唾液に含まれるインベルターゼと呼ばれる酵素が関わっており、花の蜜に含まれるショ糖をブドウ糖と果糖に分解しています。アリとならんでミツバチも社会性昆虫として有名ですが、養蜂のように人間がそこに関与する場合では、いっぽうで人間はミツバチの足となり、もういっぽうではミツバチが人間の手や唾液に代わって花蜜を集め、事前消化しているという関係が生まれるというわけです。

余談ですが、ミツバチは花蜜に限らず様々な糖蜜を採集するらしく、フランスでは、マース社の工場から大量に廃棄されたM&M'sの糖衣をミツバチが集めたことで、カラフルな蜂蜜ができてしまったという事件があったそう。養蜂家からしたら洒落にならない話ではありますが、なかなか面白い出来事です。

ミツバチ花粉のガルムを作る

ミツバチ花粉のガルムとは

といった具合で、ミツバチについて関心をもっていたところで、ノーマの発酵本にミツバチ花粉を使ったガルム(醤)のレシピがあるのを思い出しました。ガルムとはもともと古代ギリシアやローマで作られていた魚醤のことで、魚介類の内臓を、そこに含まれる消化酵素で自己消化させた調味料です。ただし、ミツバチ花粉にはタンパク質を分解する酵素は含まれていないので、米麹を加え、麹に含まれるタンパク質分解酵素を用いて発酵を行います。ですので、ミツバチ花粉のガルムはガルムと類似したプロセスで作られるだけで、厳密にはガルムではありません。また、ガルムのプロセスは酵素によるもので、基本的に微生物は関与していないので、ガルムは発酵食品ではありません。

ミツバチ花粉は、働きバチが花蜜を集める際に手足についた花粉を丸め、蜂蜜を塗って団子状にしたもの。蜂蜜とならんでミツバチの主要な栄養源となっていて、タンパク質が豊富なので、ガルムのようなものを仕込む事ができるのです。

作り方

と、前置きが長くなってしまいましたが材料です。

乾燥ミツバチ花粉 250g
米麹 71.5g
塩 21.5g
水 215g

レネ・レゼピ、デイヴィッド・ジルバー『ノーマの発酵ガイド』(2019)p.397 をもとにアレンジした

ノーマのオリジナルのレシピでは生のミツバチ花粉と大麦麹が使われていますが、入手のしやすさから乾燥ミツバチ花粉と米麹で作ることにします。ミツバチ花粉はインターネットや健康食品店で比較的簡単に手に入れることができます。

ミツバチ花粉は、蜂蜜と同じように何の花粉が用いられるかによって色や風味が異なります。今回はユーカリの花から作られたミツバチ花粉を使いました。

作り方は非常に簡単。まず乾燥ミツバチ花粉と水を半量ミキサーにかけ、水分をなじませたら……

残りの水と塩、米麹を入れ、再度ミキサーにかけます。

米麹は固いので多少粒が残りますが、発酵の過程で分解されるのであまり気にする必要はありません。むしろ無理してミキサーを回しすぎると摩擦熱で高温になり、酵素が失活する可能性もあるので、回し過ぎは禁物です。

通常のガルムや醤油の場合はこれを常温で発酵させていくわけですが、ノーマのレシピでは60℃に加熱した状態で発酵させていきます。主な理由は、このレシピの塩分濃度が通常のガルムや醤油に比べてかなり低く設定されており、有害な微生物の発生を防ぐための継続的な加熱殺菌をする必要があるからですが、加熱によるメイラード反応によって風味が向上したり、酵素活性が高まることで発酵期間を短縮できるといったメリットもあります。ただし、継続的な加熱は有害な微生物だけでなく、乳酸菌などの有用な微生物も殺菌してしまうので、常温で長期間仕込んだガルムや醤油に比べると風味の複雑さは劣ります。このあたりは用途や好みによって作り分けるのがいいのかなと思いますが、塩分濃度が抑えられるのと製作期間の短縮が見込めるというところで、加熱してしまうほうが便は良いでしょう。

発酵には甘酒機能のあるヨーグルトメーカーを使います。発酵には短いもので3週間、長いものだと8週間かかるので、設定時間がなるべく長いものを使うのがベター。本来であれば時間無制限にできるものがよいのですが、いいものが見当たらず、99時間で設定できるものを使いました。そのため、4日おきにタイマーを再設定する必要があります。

ミキサーにかけた液体をボトルに流して、落としラップをしたら……

ヨーグルトメーカーにセットして加熱します。ヨーグルトメーカーが2台ありますが、もう1台では牡蠣醤を仕込んでいます。こちらもいずれ記事にしたいと思っています。

加熱をはじめて3日後の様子です。メイラード反応による褐変が見受けられます。まだミツバチ花粉の香りが強いですが、ほのかに味噌っぽい香りがしはじめています。内容物には沈殿物が発生することがあるので、週に1回を目安に清潔なスプーンでよくかき混ぜます。

3週間経ちました。メイラード反応が進んで内容物が濃い茶褐色になっています。

ボトルから出すとこんな感じ。色や質感はテンパリングしたチョコレートのようです。このままだと濃度が不均一だったり、固まっている部分があったりするので一旦ミキサーにかけて……

保存容器に入れて完成です。冷蔵で1ヶ月、冷凍すればかなり長く保管できます。舐めてみると、最初にミツバチ花粉由来のフローラルな甘みが感じられ、それからほんのり豆味噌っぽい凝縮感のある風味とコクが感じられます。風味としては豆鼓に少し似ている気がしますが、それとも違う、形容しづらい味です。

一点気になるところとしては、花粉由来と思われる粉っぽさがほのかに感じられるところです。塩分濃度が低いので料理には使いやすいのですが、あんまりたくさん料理に使うと粉っぽさが少し気になるかもしれません。仕上げのミキサーはガルムが均一になるように1分ほど回しただけだったのですが、もしかすると数分間しっかり回したほうがよかったのかもしれません。

みつばち花粉のガルムでリゾットを作る

ノーマの発酵本ではこのミツバチ花粉のガルムをリゾットを仕上げに用いるという使い方が紹介されています。仕上げのチーズをミツバチ花粉のガルムに置き換えるというわけです。

材料

米 100g
たまねぎ 中1/2個
にんにく 1片
オリーブオイル 20g
白ワイン 50ml
昆布水 550ml
乳酸発酵トマトウォーター 50ml
茹で蛍烏賊 30匹
釜揚げしらす 50g
みつばち花粉ガルム 30g
無塩バター 20g
レモン 1/2個

材料はこんな感じ。ミツバチ花粉のガルムにはほのかにイカスミを思わせる風味がある(色が似ているからそう感じるだけかもしれませんが)ので、蛍烏賊と合わせることにしました。

下準備

蛍烏賊は口と消化管、軟骨、目、を取り除いておきます。

軟骨は、ヒレ先ごとつまみとる方法もありますが、ピンセットを使って胴側から引き抜くと身を傷つけずに取り除くことができます。ちなみにこの写真、部屋の片付けをしていたらマクロリングが出てきたので使ってみたものです。小さい食材もかなり寄りで撮影できて便利。

下処理した蛍烏賊は分量外のオリーブオイルを少量ひいて、軽く炒めます。下茹でしてあるので、表面を軽く焦がし、香りをつけることができればOK。

蛍烏賊はバットなどにあげ、白ワインを加えてデグラッセ(フライパンに付着した焦げ付きなどを液体を加えて溶かすこと)します。後でまた加熱するので、この段階でアルコールを完全に飛ばす必要はありません。

リゾットのベースには昆布水と乳酸発酵トマトウォーターを使います。同じ鍋に注ぎ、80℃~90℃くらいまで温めておきます。沸かすと煮詰まってしまうのでほどほどに。ミツバチ花粉のガルムの味が前面に出るようにだしはシンプルにしましたが、フュメ・ド・ポワソンやブイヨンを使ってもよいと思います。

本調理

蛍烏賊を炒めたのとは別のフライパンにオリーブオイルを熱し、細みじん切りにしたにんにくと玉ねぎを中火で炒めます。

玉ねぎが透明になったら、米を加えます。最初油を纏って半透明になりますが、炒めていると徐々に白っぽくなります。それが加熱の目安。

デグラッセした白ワインを加えて……

しっかり煮詰めます。

しらすと蛍烏賊を加え、だしを全量の8~9割ほど注いで煮ていきます。火加減は中弱火。蛍烏賊としらすは盛り付け用に少量残しておいてください。

リゾットを作るのが僕はあまり得意ではないのですが、その理由が米の煮加減と水分量のコントロールが難しいところ。リゾットの場合大体15分くらいでベストな煮加減ですが、その段階で水分量がちょうどになるように火加減をコントロールする必要があります。通常は、水分量を調整するためにだしを少しずつ加えますが、手がかかるので他の作業ができないし、かき混ぜる回数が増えることで米が煮崩れやすくなり口当たりが悪くなります。火加減をコントロールするにしても分量やフライパンのサイズによって水分が蒸発する速度はまちまちです。今のところ安定しやすい作り方が、少なめの水分で8割ほど火を通し、最後に水分量の調整をする、という方法です。

10分経過でこれくらいの感じがベスト

10分経過したタイミングで水分量を調整します。フライパンの径にもよりますが、米が水面から顔を出すか出さないか、くらいまでだしを足します。だしが足りない場合は火加減が強すぎなので、火を少し弱めてお湯を足します。逆に、余る場合は火を強めます。

14分経過の段階でガルムとバターを加えて……

米を崩さないように慎重に、しかし手早く混ぜます。この段階ではちょっと水分多いかな?と不安になるくらいでちょうどよいです。バターが入って油分が乳化することで一気にとろみが増します。

蛍烏賊としらすをのせ、少量のレモンとオリーブオイルを振ります。セルフィーユと菊花を飾って完成です。が、しらすをのせるのを忘れていました。ミツバチ花粉のガルムにはフローラルな甘みとスモーキーな風味があるので、セルフィーユのアニスっぽい香りと菊花のくぐもった甘い香りが好相性かな、と。ノーマの発酵本にはミツバチ花粉のガルムを使ったオイルも紹介されていたので、オリーブオイルではなくてそちらを使うとよりミツバチ花粉ガルムの香りが感じられるかもしれません。

おわりに

以上でミツバチ花粉のガルムの製作からリゾットの調理まで終わりました。リゾットを実際にイベントで出すか、といわれるとおそらく出さない気はしますが、なかなか面白い仕上がりだったと思います。酸味との相性がよい気がするので、レモンをもっと絞るか、白ワインや乳酸発酵トマトウォーターの分量をもう少し増やしてもよかったかな、と思いました。また、ガルム自体に甘みがあるので、玉ねぎではなくエシャロットを使ったほうがよかったと思います。

ミツバチ花粉のガルムには豆味噌っぽい雰囲気がありますが、塩分濃度が低いし、味噌ほど風味が記号化されていないので、日本料理以外に使っても「味噌だ……」といった印象になりにくく、大変使い勝手が良い。味の輪郭が若干ぼけやすい気がするので、酸味などで味をきりっと締めると良さが際立つかな、という風に思いました。ノーマの発酵本のほうにはミツバチ花粉のガルムオイルで作るマヨネーズが紹介されていましたが、マヨネーズやオランデーズソースなど酸味とクリーミーさのあるソースにこのガルムを使うのは非常に理にかなった使い方だと思います。

今回は米麹を使いましたが、ノーマのレシピ同様大麦麹で作るとどうなるかというのも気になるところです。ひとまず今回はここまでですが、ミツバチと人間の関係も面白いので、もうすこし歴史や現況について調べたり試作をしたりしようかな、と思います。

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